医院開業時・経営に使用できる助成金・補助金制度について
これから開業しようとしている医師の中には、「利用できる助成金・補助金について知りたい」と考えている人も多いはず。どちらも公的な機関、政府機関や地方自治体などから民間を支援する目的で支給されるお金であり、上手く活用すれば資金面での負担を抑える効果が期待できます。
そこで医院開業時に利用できる助成金・補助金にはどのようなものがあるのか、要件や支給額などについて詳しく解説します。
目次
はじめに
クリニックを開業する際、あるいは開業後に経営を安定させていく過程では、多額の資金が必要となります。例えば、内装工事や医療機器の導入費用、人材採用コスト、地域医療に対応するためのシステム投資などで数千万円規模の初期費用が掛かることは一般的です。
そのため、多くの医師が医院開業の資金として自己資金のほかに金融機関からの融資を利用しますが、並行して国や自治体が提供する「助成金・補助金制度」を活用することで、開業資金の負担を軽減することが可能です。こうした助成金や補助金は返済不要である点が最大のメリットで、その要件に合致すれば受け取った資金をそのまま設備投資や人材確保に充てることができます。
さらに近年は、医療DX推進や地域医療体制の強化といった国の政策的課題に対応する形で、医療機関でも利用可能な制度が拡充されており、経営の安定化だけでなく将来の成長戦略を描くうえでもますます重要性が増しています。しかし、助成金・補助金は申請主義のため、情報を把握し準備することが重要なのです。
助成金と補助金の違い
助成金と補助金は、いずれも返済不要の資金支援制度ですが、その目的や仕組みには明確な違いがあります。これを理解しておくことで、自院の開業準備や経営改善の場面において、「どの制度を優先して活用すべきか」を判断しやすくなります。
「助成金」と「補助金」という名称は必ずしも厳密に区別されているわけではありません。地方自治体によっては、経済産業省の補助金に近い性質の制度を「助成金」と呼んでいる場合もあります。
また、申請を検討する際には、名称だけでなく、それぞれの制度の目的や要件をしっかりと確認することが重要です。助成金と補助金は、どちらも国や地方自治体から支給される、原則として返済不要の資金ですが、目的や管轄、受給のしやすさなどに大きな違いがあります。そのため、助成金には制度に適合する就業環境の整備や手続きの正確さが求められ、補助金は採択率を高めるための計画書作成が重要になります。
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| 項目 | 助成金 | 補助金 |
|---|---|---|
| 管轄 | 主に厚生労働省 | 主に経済産業省、地方自治体 |
| 目的 | 雇用・労働環境の改善、人材育成など「人」に関する支援 | 新規事業の立ち上げ、研究開発、設備投資など「事業」に関する支援 |
| 受給要件 | 要件を満たせば原則として受給できる | 審査があり、採択件数や予算に限りがあるため、必ず受給できるとは限らない |
| 公募期間 | 通年で募集しているものが多い | 募集期間が限定されている場合が多い |
| 支給額 | 比較的小規模(数十万円~数百万円程度) | 比較的規模が大きい(数百万円~数億円になることも) |
それでは助成金と補助金の違いを詳細に解説していきます。
管轄と目的
- 助成金は、主に厚生労働省が管轄しており、雇用保険を財源とするものが多いため、雇用や労働環境の改善、人材育成といった「人(ヒト)」に関わる分野への支援が中心です。
- 補助金は、主に経済産業省が管轄しており、新規事業の創出や生産性の向上、IT導入、販路開拓など、社会や経済の活性化に貢献する「事業」への支援が中心です。
受給の確実性
- 助成金は、要件が明確に定められており、その要件を満たしていれば原則として受給できます。
- 補助金は、提出された事業計画が国の政策目標に沿っているか、事業の将来性や実現の可能性はどうかといった審査が行われます。予算や採択件数が決まっているため、審査に通らないと受給できません。
公募期間
- 助成金は通年で募集されているものが多いため、事業者のタイミングに合わせて申請しやすいという特徴があります。
- 補助金は、年度初めなど特定の期間に集中して公募されることが多く、募集期間が短いため、事前に情報を収集し、綿密な計画を立てて申請する必要があります。
支給額
- 助成金は、人件費や教育訓練費など、比較的金額が明確な経費が対象となるため、支給額も数十万円から数百万円程度となるケースが多いと言えます。
- 補助金は、大規模な設備投資や研究開発など、多額の経費を伴う事業が対象となるため、支給額も高額になる傾向があります。
医院開業時に活用できる主な助成金・補助金
クリニック開業時には設備投資やシステム導入、宣伝・集客に関連する制度が役立ち、開業後はスタッフ雇用や研修、業務効率化に活用できる制度が中心です。ここでは、医療機関が実際に活用できる代表的な開業時の助成金・補助金を紹介します。
小規模事業者持続化補助金(創業型)
新たな事業を始める際に必要な経費の一部を国や地方自治体が補助する制度です。
- 対象:創業初期の経費や設備投資に活用できます。
- 補助額:上限が200万円程度で、補助率は1/2以内となることが多いです。
- 注意点:管轄は中小企業庁です。
返済は原則不要ですが、一定期間内に利益が出た場合に返還が必要になるケースもあります。
申請期間は毎年異なるため、中小企業庁のホームページなどで最新の情報を確認する必要があります。
IT導入補助金
予約システムや電子カルテ、オンライン診療システムの導入に活用できる補助金です。国が実施するこの補助制度を活用すれば、電子カルテやレセコン、予約システムなど、業務効率化に直結するITツールを導入する費用の一部を補助されます。
- 対象経費:クラウド型電子カルテ、Web予約システム、会計ソフト、オンライン診療ツールなど。
- 補助額:導入費用の最大2/3、上限350万円程度。
- 特徴:DX推進の流れを受けて医療機関でも利用が拡大しており、患者利便性向上や業務効率化に直結。
地方自治体の開業支援補助金
昨今、医師偏在、診療科偏在問題が大きく取り上げられるようになってきましたが、不足している診療科・診療所を充足するべく補助金を出し、開業医の誘致を図る地方自治体も多く、地域医療の充実を目的に医師の開業を支援する補助金制度を設けています。
- 診療所開設費用補助、医師住宅支援、地域医療に貢献する場合の家賃補助。
- 特徴:地域医療が不足しているエリアほど手厚い制度があり、特に地方や過疎地域での開業では有利。
医院開業後に活用できる主な助成金・補助金
クリニック開業後にも利用できる助成金・補助金があります。主にスタッフ雇用や研修、業務効率化に活用できる制度が中心です。ここでは、医療機関が実際に活用できる代表的な開業後の助成金・補助金を紹介します。
キャリアアップ助成金
有期契約で雇用しているスタッフを正社員に転換した場合や、非正規雇用者の待遇改善を行った場合に支給される助成金です。
- 支給額:1人あたり数十万円。
- 活用例:受付スタッフや看護助手を正社員化する際に活用。
人材確保等支援助成金
医療スタッフの採用・定着に向けた取り組みを行った際に利用できる制度です。
- 対象:職場環境改善、研修制度の導入、就業規則整備など。
- 支給額:取り組みに応じて数十万~数百万円。
- 特徴:慢性的な人手不足に悩むクリニックにとって有効。
ものづくり・商業・サービス補助金
新しい診療サービスの導入や、患者体験を向上させるための設備投資を行う場合に活用が可能です。
- 対象経費:最新医療機器、感染症対策設備、患者サービス改善のための内装工事など。
- 補助額:最大1000万円程度。
- 特徴:競争率が高いが、採択されれば大規模な投資も実現可能。
業務改善助成金
スタッフの最低賃金を一定額以上引き上げ、かつ生産性向上のための設備投資を行う場合に支給されます。
- 対象経費:診療補助システムの導入、自動精算機、労務管理システムなど。
- 支給額:最大600万円。
- 特徴:人件費負担の増加と業務効率化の両立を支援。
医院開業の助成金・補助金を申請する際の注意点
助成金・補助金は返済不要で魅力的な支援制度ですが、申請を正しく理解して準備しないと、思ったように活用できない場合があります。特にクリニックのように医療政策や地域医療との関係が絡む場合は、以下のポイントを押さえることが重要です。
要件を正確に確認する
助成金・補助金にはそれぞれ対象者、対象経費、申請条件が細かく設定されています。
- 医療機関は対象外とされるケースもあるため、「医療法人・個人開業医は対象か」を必ず確認する。対象経費に含まれるもの、含まれないものを正確に把握する。(例:内装工事の一部は補助対象でも、備品購入は対象外の場合がある)
- 申請条件には、雇用形態、経営規模、地域条件など細かい制限があることが多い。
※要件を満たしていない場合、申請自体が受理されないため、早期に確認して計画に組み込むことが重要です。
申請期間
補助金の多くは公募期間が決まっており、申請期間を逃すと次回まで待たなければなりません。
- 小規模事業者持続化補助金やIT導入補助金は年に数回公募される場合がある。
- 助成金は通年受付のものが多いが、予算が尽きれば申請が締め切られることもある。
- 開業予定日や設備導入時期に合わせて、逆算で申請スケジュールを組むことが重要。
書類準備と計画書の精度がカギ
補助金は特に、計画書や申請書の内容が審査で重要視されます。
- 「補助金の目的や資金の使い道」を具体的に計画書に記載する。
- 医療機関の場合、地域医療貢献や患者サービス向上につながる点を明確に示すと採択されやすい。
- 領収書や見積書、契約書などの証憑書類も必要になるため、事前に整理しておく。助成金は比較的審査が簡略だが、実施計画や雇用改善の証明書類など提出必須書類を漏れなく用意する必要がある。
支給後の報告義務を理解
受給した助成金・補助金は、使途報告や実績報告の提出が義務となっています。
- 経費が不適切な使い方と判断されると、返還請求される場合がある。
- 支給後も帳簿や領収書の保管義務がある(通常5年間程度)。
- 医療機関の場合、診療報酬や医療機器購入との兼ね合いも確認し、報告書に齟齬が生じないよう注意する。
専門家のサポートを活用する
申請書類の作成や条件確認は、医師だけで進めるのが難しいケースもあります。
- 助成金:社会保険労務士に相談すると、雇用関係の要件や申請手続きがスムーズ。
- 補助金:中小企業診断士や商工会議所のサポートを受けると、計画書の書き方や採択の可能性を高められる。
- 医療経営に詳しいコンサルタントに相談すれば、開業資金計画や設備投資計画との整合性も取れる。
助成金・補助金は「計画と併用」が重要
助成金・補助金は万能ではありませんので、自院の資金計画や経営戦略と組み合わせて使うことが肝心です。
- 申請条件や支給額に応じて、融資とのバランスを検討する。
- 開業初期は助成金で人材採用やシステム導入を補助し、収益安定後に補助金で設備投資を行うなど段階的に活用する。
よくあるQ&A
Q. 医療機関として助成金・補助金申請の注意点はありますか?
A. 医療機関が対象となるのか、医療法人・開業医が対象となるのかなど必ず確認が必要です。申請条件が細かい場合が多いので、条件を細かくチェックする必要があります。また補助金は公募期間が限定されていることが多いため、開業予定日から逆算してスケジュールを立てることなどが必要です。事業計画書や申請書の精度もカギとなります。
Q. 融資と助成金・補助金は併用できますか?
A. はい、併用は可能です。むしろ、多くの場合、両方を活用することで資金調達の負担を軽減します。融資で初期投資の大部分をまかない、助成金・補助金で設備投資や人件費の一部を補うという組み合わせが一般的です。融資の審査においても、助成金・補助金の活用計画はプラスに評価されることがあります。
Q. 申請したらいつ頃もらえますか?
A. 制度によって異なりますが、申請から実際に受給できるまでには時間がかかる場合が多いです。多くの補助金は、事業実施後に実績報告を行い、審査を経てから支給されるため、資金繰りに注意が必要です。助成金は、申請から数カ月で支給されるケースが多いです。開業予定日や設備導入時期に合わせて、逆算してスケジュールを組むことが大切です。
Q. 申請書類はどのように作成すればいいですか?
A. 補助金の場合、事業計画書や申請書の内容が審査で最も重要視されます。資金の使い道が補助金の目的に沿っているか、そしてその事業が実現可能であるかを具体的に示す必要があります。特にクリニックの場合、「地域医療への貢献」や「患者サービスの向上」といった点を明確に記載すると採択されやすくなります。
Q. 申請は自分一人でできますか?
A. 制度の要件確認や書類作成は複雑なことが多く、専門家のサポートを活用することをおすすめします。助成金については社会保険労務士に、補助金については中小企業診断士や商工会議所に相談すると、手続きがスムーズに進み、採択の可能性も高まります。
Q. もらったお金は何に使ってもいいですか?
A. いいえ、助成金・補助金は、あらかじめ申請書で定めた目的の経費にのみ使用できます。支給後には、使途報告や実績報告の提出が義務付けられており、不適切な使用と判断された場合は返還を求められることがあります。領収書や契約書などの証拠書類は、定められた期間(通常5年間程度)保管しておく必要があります。
まとめ
クリニックの開業や経営において、助成金・補助金は単なる資金援助ではなく、政策の方向性に沿った持続可能な経営を実現するための重要な手段です。開業時には設備投資やIT導入、集客施策などに活用し、開業後はスタッフの雇用安定や研修、業務効率化のための制度を上手に利用することで、経営の安定と成長が可能となります。
ただし、助成金・補助金は要件確認、申請期間、書類準備、報告義務など、適切な手続きを踏むことが前提です。計画的に準備し、必要に応じて専門家のサポートを受けることで、資金面だけでなく経営戦略の面でも大きな効果を得られます。
助成金・補助金をうまく活用して、安定した医療提供と地域医療への貢献を両立させてください。開業や経営改善の際には、今回紹介した制度の中から自院に合ったものを選び、計画的かつ戦略的に活用することが、クリニックの持続的な発展につながります。
筆者プロフィール
筆者/岡崎謙二(1級ファイナンシャルプランニング技能士・CFP®)
株式会社FPコンサルティング(https://fp-con.co.jp)
関西大学卒業後、最大手生命保険会社勤務を経て独立系FP会社を設立。保険会社勤務時に 医師会年金を担当し、医師・歯科医師と多数面談。医師・歯科医師に特化した金融商品を取り扱わない独立系FPとして講演会講師、個別相談など精力的に活動中。
資格:1級ファイナンシャルプラニング技能士(国家資格)・CFP®(国際ライセンス)。著書に『ドクターのためのお金の増やし方実践法~65歳で1億円を用意するために~』。

























