開業ノウハウ

医院開業時の借入(借金)で失敗しないために医師が知っておくべき融資と資金計画の3つの鉄則

医院開業時の借入(借金)で失敗しないために医師が知っておくべき融資と資金計画の3つの鉄則

開業医として成功するには、医療の知識や経験だけでなく、経営の視点が不可欠です。医院の経営が安定してこそ、地域の患者さんからの揺るぎない信頼を得られ、ドクター(先生)ご自身の私生活においても、さまざまなライフイベントに備えた堅実な資金づくりが可能になります。しかし、多くのドクターが医院開業のための資金を金融機関(銀行など)から借り入れるため、借入額が過剰になったり、返済計画が甘かったりすると、「借金過多」という苦しい状況に陥ってしまうことも少なくありません。

そこで今回は、医院開業で失敗しやすい具体的なパターンと、そうならないための実践的な注意点を「ヒト」「モノ」「お金」の3つの観点から徹底解説します。単なるチェックリストやフローチャートにとどまらず、具体的な成功・失敗事例から専門家との連携方法まで深く掘り下げてご紹介します。

なぜ多くのドクターが「借金過多」に陥ってしまうのか?

開業に必要な資金は診療科によっても異なりますが、例えば内科であれば、テナント開業の場合は6,000万円〜8,000万円といわれています。脳神経外科は医療機器代の割合が多く1億〜2億円になることもあります。

せっかく医院を開業したのに、その後の経営に失敗してしまうケースには、いくつかの共通点があります。これらの共通点は、一見すると些細な判断ミスにも見えますが、それぞれのミス(問題点)が互いに絡み合い、最終的に資金繰りの悪化という致命的な結果を招きます。ここでは、医院開業したドクターが陥りがちな「甘い計画」の落とし穴を、具体的な失敗ストーリーとともにお伝えします。

過剰な設備投資の落とし穴

「せっかくの開業だから、最新の医療機器を完備したい」
これは多くのドクターが抱く夢かもしれません。最新機器は診療の幅を広げ、患者さんへの大きなアピールにもつながるでしょう。しかし、患者数が安定しない開業初期段階から多額の借入をして、これらを導入すると、その毎月の返済額がとても大きな負担となります。

例えば、内視鏡システムやMRI、CTを導入したものの、1日の患者数が数人しかいないような状態では、機器がフル稼働することは決してありません。機器は待機しているだけで、その間も借入金の返済は発生し続け、運転資金が枯渇してしまうのです。

失敗事例

消化器内科で開業したK先生は、競合クリニックとの差別化を図るため、最新の内視鏡のスコープを数多く揃えました。しかし、システムだけで開業資金の大部分を使い果たし、運転資金はぎりぎりの状態でした。開業後、想定していたよりも患者数が伸びず、毎月のリース料と借入返済に追われ、わずか1年足らずで資金繰りが立ち行かなくなってしまいました。

人件費の負担増

「何かあったときのために、スタッフは多めに雇っておこう」
医院開業当初から受付や看護師、事務スタッフを多く抱えすぎると、人件費が経営を圧迫します。患者数が少ない開業初期は、スタッフが手持ち無沙汰になってしまうことも少なくありません。人件費は、家賃や借入返済と同様に、毎月必ず発生する費用です。一度雇用してしまうと、あとから減らすのは非常に難しく、経営の柔軟性を失う原因となります。

資金繰りの計画の甘さ

運転資金を過小評価し、設備や内装に資金を回しすぎると「資金ショート」に直結します。多くの方が、開業資金は「クリニックの建物や設備のため」と考えがちですが、実際には開業後の人件費、家賃、水道光熱費といったランニングコストを賄うための運転資金が、クリニックを存続させる上で不可欠です。

失敗事例

内科クリニックを開業したS先生は、内装にこだわり、予算のほとんどを費やしてしまいました。その結果、開業後の人件費や家賃にあてるべき運転資金を、当初の計画から大幅に削ってしまいました。開業後、集患が軌道に乗るまでの期間が想定より長引いたため、真っ先に運転資金が底をつき、スタッフの給与支払いが遅延。信頼を失い退職が相次いだことで、クリニックの運営自体が不可能になりました。

借金過多を回避する「3つの鉄則」

失敗事例を教訓に、ここでは医院開業前に必ず確認すべき「3つの鉄則」をご紹介します。これらを意識し、事前の準備を入念に行うことで、安定した経営の土台を築くことができます。

「ヒト」:状況に応じた採用を心掛ける

医院開業当初は、院長と必要最低限のスタッフ(例:看護師1名、受付事務1名体制)でスタートし、患者数の増加に合わせて段階的に採用を進めるのが安全です。

  • スタッフ採用のタイミングと計画:医院開業時のスタッフは、院長の右腕として機能する、信頼できる1〜2名に絞りましょう。開業後3〜6カ月を目安に、患者数の推移を見て、必要に応じて追加採用を検討する計画を立てます。
  • 給与設定の考え方:周辺地域の給与水準をリサーチし、高すぎず低すぎない適正なラインを見極めることが重要です。高い給与はスタッフのモチベーションにつながりますが、結果として経営を圧迫しては意味がありません。
  • パートと正社員の使い分け:医院開業初期は、勤務時間や曜日を柔軟に調整できるパートスタッフを主体にすることも有効です。正社員は、クリニックの運営が軌道に乗ってから、中核を担う人材として採用するほうがリスクを抑えられます。

「モノ」:設備投資は本当に必要なものだけにする

最新機器をすべて導入する必要はありません。まずは診療に必要な最低限の設備でスタートし、患者さんのニーズや収益を見ながら少しずつ拡充していくのが現実的です。

  • 優先順位の考え方:医院開業当初に必須の機器(例:電子カルテ、診察台など)と、後からでも導入できる機器(例:高機能な検査機器など)を明確に分けます。本当に必要な機器は何か、将来の診療計画を考慮してリストアップしましょう。
  • コスト削減の工夫:中古機器の導入/性能に特に問題がなければ、中古機器を検討することで初期費用を大幅に抑えられます。
    リース契約の活用/一括購入ではなく、リース契約を利用することで、初期の資金負担を平準化できます。一方で、「一括購入」をして、その資金を銀行融資でまかなうと、結果として初期の資金負担はリース契約より抑えられることがあります。ただし、金利や契約内容(保守・メンテナンス費用を含むかなど)を十分に確認しましょう。
    内装は機能性を重視/豪華な内装は確かに魅力的ですが、患者さんにとって本当に必要なのは、清潔で機能的、かつプライバシーが保たれた空間です。過度な費用は抑え、動線やバリアフリーに配慮した設計を優先しましょう。

「お金」:返済負担を数値で把握する

「お金(資金)」の計画が甘いと、すべての努力が水の泡になってしまいます。最も重要なのは、具体的な数値目標を設定し、シミュレーションを行うことです。

  • 年間返済額の目安:金融機関が融資審査の際に用いる指標の一つに「借入金返済依存度」があります。これは、税引後利益と減価償却費(手元に残るお金)の合計額のうち、何%を借入金返済に充てているかを示すものです。しかし、より分かりやすい目安として、ここでは医業収入(月商)に対する返済額の割合で見ていきます。
    • 10%未満:理想的。経営に余裕があり、再投資や院長の所得確保がしやすいです。
    • 10%〜15%:標準的。多くのクリニックがこの範囲を目指して事業計画を立てます。
    • 15%〜20%:やや危険水準。予期せぬ出費に対応しにくくなったりする可能性があるために、キャッシュフローには注意が必要です。
    • 20%以上:危険水域。運転資金が厳しくなる可能性があるため、常にキャッシュフローを確認しておく必要があります。
  • 運転資金の確保:医院開業後、患者数が安定するまでの数カ月間は、収入が支出を下回るのが一般的です。この期間を乗り切るため、最低でも6カ月分、できれば1年分の運転資金(家賃、人件費、光熱費、消耗品費など)を事前に見積もり、確保しておきましょう。運転資金がショートすると、医業の継続が困難になります。

成功への鍵は「ライフイベント」との両立

医院開業資金の返済だけでなく、人生には出産、子育て、子どもの教育資金の確保から老後の生活費、介護費用といった人生において起こりうる重要なライフイベント(生涯経験すると予想される出来事)が待っています。ライフイベントについて考えることは、三大支出とされている「教育資金」「住宅資金」「老後資金」などに備えることにもなるのです。クリニックの経営とご自身の家計を一体で考え、無理のない返済計画を立てることが、安定したドクター人生につながります

成功事例

内科クリニックを開業したA先生は、医院開業と同時に住宅ローンを組むことをしませんでした。「まずはクリニックの経営を軌道に乗せることに集中しよう」と考え、開業後3年間は賃貸住宅で生活しました。この期間に、事業資金の借入を順調に返済し、クリニックの収益を安定させることに成功。開業3年後、十分に余裕ができた段階で、無理のない返済額で住宅ローンを組み、理想のマイホームを手に入れました。これにより、事業と家庭の両方で資金繰りに余裕を持たせ、精神的なプレッシャーからも解放されました。

失敗事例

小児科クリニックを開業したB先生は、医院開業と同時に新築マンションを購入。クリニックの借入金と住宅ローンの二重の返済負担が重くのしかかりました。さらに、想定よりも患者数が伸びず、開業から1年で運転資金が枯渇。家計と事業が一体となってしまったことで、どちらも危機に陥り、最終的にはクリニックの閉院と住宅の売却を余儀なくされました。

専門家の知恵を活用する

医院開業準備は多岐にわたります。自力で全てを完璧に進めることは非常に困難であり、専門家のサポートが不可欠です。彼らの知見を借りることで、失敗のリスクを大幅に減らすことができます。

  • 金融機関:融資を受けるだけでなく、事業計画の相談相手として活用しましょう。医療・介護分野の専門家を配置した「ヘルスケアチーム」を持つ銀行もあります。
  • 税理士:医療経営に強い税理士は、税務に関する相談だけでなく、経営全般(資金繰り、スタッフの給与体系など)のアドバイスもしてくれます。
  • コンサルタント:開業地の選定や集患対策、内装業者との交渉など、専門的なノウハウを提供してくれます。

まとめ

開業医にとって、借入は決して悪いことではなく、むしろ必要不可欠な手段です。しかし、資金計画を見誤ると「借金過多」に陥り、医業そのものが続けられなくなるリスクも潜んでいます。

  • ヒト:人件費は段階的に増やし、少人数で回せる体制から始める
  • モノ:設備投資は「今必要なもの」に絞り、中古やリースも活用する
  • お金:年間返済額が「売上の20%以上」にならないように意識し、運転資金をしっかり確保する

今回は医院開業における「借金過多に陥るケース」と「そうならないための注意点」を解説しました。無計画な借入や過大投資はクリニック経営を不安定にし、ドクター自身や家族の生活にも多大な影響を及ぼします。一方で、冷静な資金計画と経営管理を徹底すれば、医療に専念しながら安定した運営も可能といえるでしょう。

医院開業は、医療と経営の両立が求められるとても大きな挑戦です。だからこそ事前準備を丁寧に行い、数字と現場を両方から見据えることで、無理のない安定したクリニック経営へとつながっていくのです。ぜひとも「患者に選ばれる医療」と「持続可能な経営」を実現するため、本記事を繰り返し確認し、確かな一歩を踏み出してください。

筆者プロフィール

筆者/岡崎謙二(1級ファイナンシャルプランニング技能士・CFP®)

株式会社FPコンサルティング(https://fp-con.co.jp

関西大学卒業後、最大手生命保険会社勤務を経て独立系FP会社を設立。保険会社勤務時に 医師会年金を担当し、医師・歯科医師と多数面談。医師・歯科医師に特化した金融商品を取り扱わない独立系FPとして講演会講師、個別相談など精力的に活動中。

資格:1級ファイナンシャルプラニング技能士(国家資格)・CFP®(国際ライセンス)。著書に『ドクターのためのお金の増やし方実践法~65歳で1億円を用意するために~』。

岡崎謙二(1級ファイナンシャルプランニング技能士・CFP🄬)

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