クリニックにおける就業規則の必要性・記載すべき内容・作成手順を紹介
クリニックを開業してスタッフが増えてくると、口頭だけでルールを伝えるのは限界があります。そこで必要になるのが「就業規則」です。従業員が10人未満の場合は作成義務こそありませんが、就業規則は経営理念を形にし、スタッフが安心して働ける環境を整えるための大切な「ルールブック」です。クリニックとスタッフ双方を守る役割を持つため、早めに整備しておくことが望ましいでしょう。本記事では、就業規則の必要性から記載内容、作成の流れまで、分かりやすく解説します。
目次
なぜ就業規則が必要なのか?就業規則の役割
なぜ就業規則が重要なのか、その役割からご説明します。就業規則は、職場で働く上での基本的なルールが明記されており、主に2つの大きな役割を果たします。
クリニックの秩序を維持する役割
始業・終業時刻、休日、賃金の支払いといった基本的な労働条件から、スタッフが守るべき服務規律を定めることで、院内の秩序を維持し、スタッフ全員が同じルールのもとで安心して業務に集中できる環境を整えます。
労務トラブルを未然に防ぐ役割
採用、異動、休職、退職、解雇といったさまざまな場面で、判断の基準となるルールをあらかじめ明示しておくことで、認識の食い違いから生じる無用なトラブルを防ぎます。万が一、問題が発生した際にも、就業規則が公正な解決の根拠を示してくれます。
法律(労働基準法第89条)では「常時10人以上の労働者を使用する事業場」において、就業規則を作成し、労働基準監督署へ届け出る義務が定められています。ここでいう「労働者」には、正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトも含まれます。「うちはまだスタッフが10人もいないから不要だ」とお考えになるかもしれません。しかし、人数に関わらず就業規則を作成・整備されることを強くおすすめします。その理由は以下の通りです。
- ①ルールが明確になり、スタッフの安心感につながる
- 「給与の締切日や支払日はいつか」「どのような場合に懲戒処分を受ける可能性があるのか」といったルールが明文化されていることは、スタッフの安心と信頼につながります。
- ②公平な労務管理の証となる
- 院長のその場の判断ではなく、定められたルールに基づいて対応が行われていることを示すことができ、経営の公平性・透明性を高めます。
- ③万が一のトラブルの際に、クリニックを守る「盾」となる
- 問題行動を繰り返すスタッフへの対応や、懲戒処分を検討する場面で、就業規則にその根拠規定があるかどうかが極めて重要になります。
- ④助成金の申請要件となることが多い
- 国が実施する各種助成金の中には、就業規則の整備が申請の前提条件となっているものが少なくありません。
たとえスタッフが1名であっても各種労働法規は適用され、労務トラブルは起こり得ます。就業規則を整備することは、クリニックを守るだけでなく、真摯に業務に取り組んでくれるスタッフが安心して働ける環境を提供することにも繋がります。
就業規則に必ず記載すべきこと(法律で必須の記載項目)
就業規則には、法律で必ず記載しなければならないと定められている項目があります。これを「絶対的必要記載事項」と呼びます。主に以下の3つのカテゴリーに分けられます。
- ①始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇などに関する事項
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- 始業・終業時刻:「午前9時00分~午後6時00分」のように具体的に定めます。
- 休憩時間:労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を、労働時間の途中に与える必要があります。
- 休日:「毎週木曜日、日曜日、国民の祝日」など、特定して記載します。週に1日以上、または4週間を通じて4日以上の休日が必要です。
- 休暇:年次有給休暇、産前産後休業、育児・介護休業など法律で定められた休暇について記載します。
- ②賃金の決定、計算・支払方法、締切・支払時期、昇給に関する事項
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- 賃金の構成:基本給、役職手当、資格手当など、どのような手当で構成されるかを定めます。
- 計算方法:月給制、日給制、時給制の別や、残業代などの割増賃金の計算方法を明記します。
- 支払方法:原則として、通貨で、直接、全額を支払う必要があります(例外は口座振込)。
- 締切・支払時期:「毎月末日締め、翌月25日払い」のように具体的に定めます。
- 昇給:昇給の有無、時期、判断基準などを定めます。
- ③退職に関する事項(解雇の事由を含む)
- 退職に関するルールも非常に重要です。自己都合退職の手続き(例:「退職する際は1カ月前までに届け出ること」)や定年制について定めます。
特に、「解雇の事由」は必ず記載しなければなりません。どのような場合にクリニック側から労働契約を解約(解雇)することがあるのかを具体的に列挙します。例えば、「勤務態度が著しく不良で、改善の見込みがないとき」「正当な理由なく無断欠勤が14日以上に及んだとき」といった内容です。客観的で合理的な理由でなければならず、安易な解雇は認められない点に注意が必要です。
クリニックの実情に合わせて定めること(任意の記載事項)
法律で定められた「絶対的必要記載事項」の他に、クリニック内でルールを設けるのであれば、就業規則に記載しなければならない「相対的必要記載事項」と、任意で定められる「任意的記載事項」があります。
- 相対的必要記載事項の例
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- 退職手当、臨時の賃金(賞与など)、安全衛生、職業訓練、災害補償など
これらについて特段の規定がある場合は記載が必要です。(賞与であれば何月に支給するのか、対象者は誰なのか、など)
任意的記載事項(特に定めておきたい項目)の例
- ①服務規律
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スタッフが職場で守るべき具体的なルールです。単に「院長の指示に従うこと」といった抽象的なものではなく、運営において想定されるリスクに対応した内容を盛り込むことが重要です。
- ハラスメントの禁止:パワハラ、セクハラ、マタハラ等を禁止する旨を明記し、相談窓口を設置するなど、クリニックとして許さない姿勢を明確にします。
- 個人情報・プライバシーの保護:患者さんの個人情報はもちろん、他のスタッフのプライバシーに関する情報を漏洩しない義務を定めます。
- SNSの私的利用に関する注意喚起:勤務時間中の私的利用の禁止や、クリニックの内部情報や患者さんの情報を想起させるような内容の投稿を禁止する規定は、現代において必須と言えます。
- ②懲戒規定
- 服務規律などに違反したスタッフに対して、どのような処分を行うかを定めたものです。これは、問題行動に対する抑止力となると同時に、万が一処分を行う際の重要な根拠となります。
- 懲戒の種類:処分の重さに応じて、譴責(始末書の提出)、減給、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇などを段階的に定めます。
- 懲戒の事由:どのような行為がどの処分に該当するのかを、できるだけ具体的に記載します。「重要な経歴を詐称して雇用されたとき」「正当な理由なく、しばしば業務上の指示・命令に従わないとき」「故意または重大な過失により、クリニックに損害を与えたとき」などです。
- ③休職規定
- スタッフが自己の都合(私傷病など)により長期間働けなくなった場合のルールです。
- 休職を命じる条件:「私傷病による欠勤が継続して1カ月を超えたとき」など。
- 休職期間:勤続年数に応じて期間を設定するのが一般的です。
- 復職の手続き:復職を判断するための手続き(原則として主治医の診断書を提出させ、その上でクリニックが指定する医師の診断も受けてもらうなど)や、復職が困難だった場合の自然退職の規定を定めておくことで、スムーズな対応が可能になります。
この服務・懲戒・休職規定はクリニックのリスク管理において非常に重要です。スタッフに対して注意指導や懲戒処分、あるいは休職命令を行う場合、その判断の根拠となるのがこれらの規定です。そのため、問題がある行為があった場合でも、懲戒規定に記載がなければクリニックは当該スタッフに原則として懲戒処分を下すことはできませんし、休職規定に記載がある基準を満たさなければ休職発令を出すことができません。
【Q&A】就業規則に記載があれば、問題を起こしたスタッフは解雇してもいいでしょうか?
→A.安易な解雇はNG。退職勧奨を検討するべき。
解雇は法的に極めて高いリスクを伴うため、慎重にご検討ください。
日本の労働法では、たとえクリニック側が正当な理由があると考えていても、裁判所がその解雇を「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない」と判断すれば、解雇は無効となります。
そして、その立証責任は全てクリニック側にあります。 解雇が無効とされれば、解雇期間中に支払われるはずだった賃金を全額、遡って支払う義務(いわゆる「バックペイ」)が発生し、経営に深刻な影響を及ぼしかねません。
そこで、解雇という最終手段に訴える前に、まず検討すべきが「退職勧奨」です。 これは、解雇という一方的な通告ではなく、あくまで「双方の合意」によって雇用契約を円満に終了させるための話し合いです。
ただし、度を超えた勧奨は「退職強要」という違法行為とみなされるリスクもあります。まずは弁護士や社労士にご相談いただくことをおすすめいたします。
就業規則の作成から届出までの3ステップ
最後に、実際に就業規則を作成し、法的な効力を持たせるまでの手続きを3つのステップで解説します。
Step1:就業規則(案)の作成
本記事で解説した内容を参考に、まずはクリニックの実態に合った就業規則の「案」を作成します。厚生労働省が提供しているモデル就業規則を参考にする、社労士に相談するという方法があります。
Step2:労働者代表の意見聴取
作成した就業規則(案)を、スタッフに見せ、その意見を聴かなければなりません。
具体的には、「労働者の過半数で組織する労働組合」がある場合はその労働組合、ない場合は「労働者の過半数を代表する者」に意見を聴き、書面(意見書)に署名または記名押印してもらいます。この「労働者の過半数代表者」は、院長が指名するのではなく、投票や挙手など、民主的な手続きで選出される必要があります。なお、法律で求められているのは「意見を聴く」ことであり、「同意」までは必要ありません。したがって、反対意見が書かれた意見書であっても、手続きとしては有効です。
Step3:労働基準監督署への届出と従業員への周知
Step2で受け取った「意見書」と、作成した「就業規則(変更)届」を添えて、クリニックの所在地を管轄する労働基準監督署へ届け出ます(2部提出するのが一般的です)。そして、最も重要なのが、届け出た就業規則をスタッフ全員に「周知」することです。現実的な方法としては以下のいずれかの方法で、スタッフがいつでも内容を確認できる状態にしておかなければなりません。
- クリニック内の見やすい場所に掲示する、または備え付ける
- 共有フォルダにデータを保存するなど、PC等でいつでも閲覧できる状態にする
- データを閲覧できるリンクを一人ひとりにメール等で送付する
この「周知」が行われていないと、労働基準監督署に届け出ていても、就業規則は法的効力を持ちません。必ず徹底してください。
【Q&A】従業員に対しては上記の周知をすれば問題ないですか?
→A.懲戒規定については特に具体的な周知を行うことがリスク低減につながる。
法令上は上記の方法を取っていれば問題ないとされていますが、裁判で懲戒処分について争われる際には、「従業員がその内容を実質的に理解できる状態にあったか」という点が厳しく問われます。入職時の研修やオリエンテーションの場で、服務規律に関する説明の一環として、懲戒規定について丁寧に解説し、内容を理解した証として署名をもらうことをおすすめします。万が一の事態が発生した際に「組織はきちんと説明責任を果たしていた」という客観的な証拠となり、リスクを最小限に抑えることに繋がります。
まとめ:就業規則の見直しが、クリニックの未来を守る
今回はクリニックにおける就業規則の重要性について解説してまいりました。就業規則は、一度作ったら終わりというものではありません。法律は改正されますし、クリニックの規模や方針も変化していきます。日々の診療で忙しい中、そこまで手が回らないと感じられるかと思います。しかし、きちんとしたルールを整備しておくことが、結果的に院長先生を雑務や不安から解放し、本来の診療や経営に集中できる環境を作ります。そして、それがスタッフとの強固な信頼関係を築くための礎となるのです。
下記に各種参考資料のリンクを記載します。ただし、厚生労働省のモデル就業規則はあくまで一般的な雛形です。そのまま使用すると、懲戒事由が限定的で問題行動に対応できなかったり、休職制度が手厚すぎて経営を圧迫したりするなど、かえってクリニックのリスクを高めてしまうケースも少なくありません。就業規則を作成される場合には社労士にご相談いただきクリニックの実情に即した内容にカスタマイズされることをおすすめします。
就業規則を整えることは、トラブルを防ぐだけでなく、院長先生とスタッフ双方が安心して未来を描けるクリニックづくりにつながります。開業の際にはぜひ就業規則作成を検討しましょう。
■参考資料
- 厚生労働省:モデル就業規則について
就業規則のひな形がダウンロードできます。作成の際のベースとしてご活用ください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html - 厚生労働省:労働時間・休日
変形労働時間制をはじめ、労働時間や休日に関する制度の概要が解説されています。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/index.html - 厚生労働省:確かめよう労働条件
労働契約や労働条件の基本的なルールが分かりやすくまとめられています。
https://www.startup-roudou.mhlw.go.jp/qa/
筆者プロフィール
筆者/岡崎謙二(1級ファイナンシャルプランニング技能士・CFP®)
株式会社FPコンサルティング(https://fp-con.co.jp)
関西大学卒業後、最大手生命保険会社勤務を経て独立系FP会社を設立。保険会社勤務時に 医師会年金を担当し、医師・歯科医師と多数面談。医師・歯科医師に特化した金融商品を取り扱わない独立系FPとして講演会講師、個別相談など精力的に活動中。
資格:1級ファイナンシャルプラニング技能士(国家資格)・CFP®(国際ライセンス)。著書に『ドクターのためのお金の増やし方実践法~65歳で1億円を用意するために~』。
監修:重松享(社会保険労務士)

































