開業ノウハウ

クリニックの物件選びで失敗しないために知っておきたいポイント

クリニックの物件選びで失敗しないために知っておきたいポイント

はじめに

クリニック開業を成功させるには、立地や物件選びが極めて重要です。

「腕の良い医師であれば場所に関係なく患者さんが集まる」という考えは、現実には簡単ではありません。どれほど診療技術やホスピタリティが優れていても、通院のハードルが高いと患者さんは足を運ばないからです。

診療科目や想定する患者層に合った場所を選べるかどうかで、開業後の患者数や収益は大きく左右されます。

本記事では、クリニック開業の物件選びにおける代表的な物件タイプや立地条件、契約時の注意点を整理し、公的データも交えて「失敗しないためのポイント」を解説します。

クリニック物件選びが経営に直結する理由

クリニックの経営は、診療技術やスタッフ対応だけでなく、物件選びによっても大きく左右されます。立地条件や診療圏、コスト構造といった要素は、すべて患者数や収益に直結します。

ここでは、物件選びがなぜ経営に直結するのか、その具体的な理由を解説します。

患者動線とアクセスの重要性

厚生労働省の受療行動調査(2020年)によると、外来患者が医療機関を選んだ理由として「交通の便がよい」は「医師による紹介」に次いで第2位であり、特に小病院(病床20〜99床)に限ると34.2%で第1位となっています。通いやすさがクリニック選びに大きく影響するといえます。特に内科や小児科、皮膚科といった生活密着型の診療科では、通いやすさがそのまま集患力を左右します。

立地条件による診療圏の違い

開業計画に欠かせない「診療圏調査」では、想定される患者数を把握するために、物件の立地条件が重視されます。駅前か住宅街か、競合クリニックの数、近隣の年齢層分布などによって、診療圏の広さと質は大きく左右されます。

さらに立地の選び方次第で、患者層が20〜30代中心になるのか、シニア層が中心になるのかも大きく変わってきます。

初期投資とランニングコストへの影響

物件の種類によって初期費用や毎月の固定費は大きく異なります。例えば、居抜き物件を活用すれば導入コストを抑えられる一方、共益費や管理費が高額になることがあります。

対して、戸建て開業では自由度が高い反面、土地購入費や建築費が大きな負担となりがちです。いずれにせよ、物件選びは経営計画の根幹に直結するため慎重な判断が必要です。

クリニックの代表的な物件タイプ

物件タイプによっても、初期投資や集患のしやすさ、経営の自由度は大きく変わります。

ここでは代表的な「医療モール」「戸建て(独立型)」「テナント(ビルイン型)」の特徴やメリット・デメリットを整理し、それぞれに適した開業スタイルを解説します。

医療モール

同じ建物内に複数の診療科が入るスタイルで、調剤薬局が併設されるケースも多く、不動産会社やデベロッパーが医療向けに企画・開発しています。

メリット

  • 開業初期から患者さんが集まりやすい
  • 他科目との相乗効果が期待できる
  • 内装工事や設備の一部が標準化されており、スピーディーに開業可能

デメリット

  • 共用部の維持費や広告分担金など、追加コストが発生する場合がある
  • テナント構成やレイアウトに制約があり、診療科によっては自由度が限られる
  • モール全体の集客状況や他院の運営方針に影響を受けることがある

医療モールは特に都市部や駅前立地で人気があります。すでに一定の人の流れがある場所に開業できるため、立ち上がりが早いのが強みです。

戸建て(独立型)

土地を購入し、一棟の建物を新築または改装して開業するスタイルです。

メリット

  • 設計の自由度が高く、理想のクリニックを実現できる
  • 長期的には資産として残る
  • 駐車場を広く取れるため、郊外での開業に適する

デメリット

  • 初期投資が高額
  • 開業準備に時間がかかる
  • 診療圏の集患力を読み違えると、リカバリーが難しい

戸建ては、地域に腰を据えて長期的に経営したい医師に向いています。特に車移動が前提となる郊外エリアでは、駐車場を確保できることが大きな強みです。

テナント(ビルイン型)

駅前や商業施設、オフィスビルの空きフロアを借りて開業するスタイルです。

メリット

  • 駅や商業施設と直結しているような好立地の物件が多く、集患力が高い
  • 物件探しの選択肢が多く、開業スピードも速い
  • 新築工事が不要なため、建築コストを抑えられる

デメリット

  • レイアウトの自由度に制限がある
  • 防音・給排水設備など、もともと医療機関向けに作られていない場合、必要な仕様が整っていない
  • 更新料や制約条項(看板設置制限など)に注意が必要

都市部での開業に多いスタイルで、アクセスの良さを活かしやすいのが特徴です。特に、皮膚科や心療内科、眼科など、大型の検査機器や手術室を必要としない外来中心のクリニックに適しています。

立地選びの重要ポイント

クリニックの立地は、開業後の患者数や経営の安定に直結します。駅前や住宅街といった場所の違いだけでなく、人口構成や競合状況、将来の街の変化までを考慮することが欠かせません。ここでは立地判断で特に重要な4つの観点を整理します。

患者層とのマッチング

例えば小児科であれば子育て世代の多い住宅地が適しており、内科は幅広い層が通いやすい駅前や住宅街に向いています。

整形外科は高齢者が多く暮らす地域で需要が高まり、皮膚科や美容皮膚科は駅近や商業施設内に立地することで若年層や働く世代を集客しやすくなります。

このように、自院の診療科に合った患者層が暮らす場所を選ぶことが、立地選びの第一歩となります。

交通アクセス

都心部では「駅からの近さ」が集患に直結し、徒歩5分圏内にあるだけで来院しやすさが大きくかわります。一方、郊外型クリニックでは、駐車場の広さや出入りのしやすさが重視されます。公共交通機関だけでなく、自家用車や自転車といった多様なアクセス手段を考慮する必要があるでしょう。特に高齢者や子ども連れの患者さんが多い診療科では、バリアフリー導線や駐車場の利便性を整えることが求められます。

競合状況

一般的に診療圏とされる半径1km以内に同じ診療科のクリニックが複数ある場合、競合との違いを明確にする戦略が欠かせません。例えば、診療時間を工夫して夜間や土日に対応する、専門性を打ち出すといった取り組みが有効です。また、診療圏調査を行う際には、競合クリニックの診療内容や地域での評判もあわせて確認しておくことが重要です。

周辺環境と将来性

クリニックの立地は、現在の利便性だけでなく将来性を考慮することが重要です。

再開発の有無、人口動態、周辺の商業施設や公共施設、教育機関の状況などは立地の将来のクリニック環境を判断するための重要な材料となります。

国勢調査や自治体の都市計画情報は、地域の人口推移や世帯構成、再開発の予定などを把握するために役立ちます。例えば、小児科を開業するなら子育て世帯が増加しているエリアを選ぶ、整形外科なら高齢者人口が多い地域を重視する、といった判断が可能です。

物件選びの際に見落としがちなポイント

クリニックの物件選びでは、立地や物件タイプばかりに目が行きがちですが、実際には「想定より狭い」「設備が不十分」「契約条件に制約があった」といった見落としがトラブルにつながることもあります。

ここでは開業後のリスクを防ぐために、特に注意すべきポイントを整理します。

面積とレイアウトの適合性

必要な延床面積は、導入する医療機器や診察室数によって大きく変わります。一般内科であれば30坪前後でも開業可能ですが、小児科や整形外科では待合スペースやリハビリ室を確保するため50~80坪以上が必要となることも少なくありません。単に「広いか狭いか」で判断するのではなく、自院の診療スタイルに合ったレイアウトを確保できるかを重視することが大切です。

建物の構造・設備

クリニックの物件を選ぶ際には、防音性、耐震性、荷重制限、電力容量、給排水設備など、医療機関ならではの条件を満たしているかを必ず確認しましょう。特にX線室を設ける場合は、遮蔽工事の可否が大きなハードルとなります。

【内覧時に確認したいチェックポイント】

  • 天井高:医療機器の搬入や設置に十分か
  • 電気容量:導入予定の医療機器のスペックに対応できるか
  • 給排水管の位置と容量:診察室や処置室へ適切に設置できるか
  • 搬入経路:大型医療機器を問題なく運び込めるか
  • バリアフリー:車椅子やベビーカーでアクセスはしやすいか

見落としやすい契約条件

看板の設置が認められるか、原状回復義務の範囲がどこまでか、長期契約時の更新条件がどうなっているかなどは、曖昧なまま契約を進めると後々トラブルの原因になりかねません。

契約段階では、不動産コンサルタントや弁護士といった専門家に確認を依頼しておくことをおすすめします。

契約時に注意すべきポイント

クリニックの物件は、立地や広さだけでなく契約内容によっても経営への影響が大きく変わります。契約形態や条項の見落としは、思わぬ費用やトラブルの原因になりかねません。

ここでは契約段階で、特に押さえておきたいポイントをまとめます。

契約形態の違いを理解する

クリニック開業における物件契約は、大きく分けて「賃貸契約」と「購入契約」があります。

  • 賃貸契約:初期費用を抑えられる反面、毎月の賃料負担が続き、契約更新や退去時の原状回復義務が発生します。医療モールやテナント型の物件では、医療機関特有の内装工事を行うため、退去時のコストが大きくなる点に注意が必要です。
  • 購入契約:戸建て型で土地や建物を購入する場合、資産として残るメリットがあります。ただし初期投資が高額で、借入額も大きくなるため、慎重な資金計画が欠かせません。

契約書の確認ポイント

物件ばかりに気を取られて、見落としがちな点が「契約条件」です。特に次のような項目は事前に必ずチェックしておく必要があります。

  • 用途制限:診療所(クリニック)は、原則すべての用途地域で開設が可能。ただし、病院(20床以上)は一部の地域で制限を受けることがある
  • 看板設置制限:ビル管理規約や景観条例によって、目立つ看板を設置できない場合がある
  • 競合制限条項:モール型では「同一診療科の開業を認めない」ケースがある一方、ビルイン型では制限がなく競合が入る可能性がある
  • 更新条件:長期契約にすることで賃料上昇を抑えられる場合がある

これらは専門的な知識が必要となるため、契約時には不動産コンサルタントや弁護士に依頼することをおすすめします。

資金計画と物件選びの考え方

クリニック開業では、理想の物件選びと現実的な資金計画の両立が欠かせません。物件に資金をかけすぎれば運転資金が不足し、逆にコストばかりを重視すれば集患力のある立地を逃す可能性があります。資金計画と物件選びのバランスをどう取るかは、開業成功の鍵となります。

初期投資と運転資金のバランス

物件にかけられる予算は、開業資金全体の中での位置付けを考える必要があります。クリニック開業資金の目安は 7,000万〜1億円前後 といわれ、近年では1億円を超えるケースもあります。その中でも「物件取得費用+内装工事費」が大きな割合を占めます。

ここで重要なのは、開業直後の運転資金をどれだけ確保できるかという点です。開業当初は患者数が安定せず、数ヶ月は赤字が続くことも珍しくありません。物件に予算を投じすぎると、運転資金が不足し、経営の安定を損なうリスクがあります。

融資審査で重視されるポイント

金融機関が融資審査で重視するのは「立地」と「事業計画の妥当性」です。駅前や生活道路沿いなど集患が見込める立地は評価が高くなります。反対に患者需要が不透明な場所や、資金繰りに無理のある物件を選ぶと、融資額が希望通りに下りないこともあります。

物件選びの成功事例と失敗事例

クリニックの物件選びは、立地条件や物件の種類をうまく生かせば短期間で黒字化につながる一方、条件を見誤れば固定費の負担や競合によって経営が行き詰まることもあります。ここでは、実際の成功事例と失敗事例を取り上げ、物件選びにおいて注意すべきポイントを整理します。

成功事例:駅前テナントで皮膚科を開業

駅前ビルの2階テナントで皮膚科を開業した事例です。賃料はやや高額でしたが、通勤・通学の動線上に位置し、20〜40代の患者さんが予想以上に集まりました。競合は近隣に1軒のみで、美容皮膚科メニューを併設して差別化を実現。その結果、開業1年目から黒字化に成功しました。

成功事例:郊外の戸建て整形外科

郊外の住宅地に戸建てで整形外科を開業した事例です。広い駐車場を整備し、地域の高齢者層をターゲットにしました。公共交通の便は良くなかったものの、自家用車でのアクセス需要を的確に捉え、周辺地域からの安定した集患につながりました。

失敗事例:駅近だが競合過多の内科

駅前立地に惹かれて内科を開業した事例です。徒歩圏内にすでに3軒の内科が存在し、差別化を図れず、集患に苦戦しました。賃料負担も重く、2年目で経営再建を余儀なくされました。

失敗事例:広すぎるテナントを選んだ小児科

小児科を開業した事例です。将来の拡張を見越して60坪のテナントを借りたものの、実際の患者数に見合わず固定費が重荷となりました。診療圏調査を十分に行わず、現実的な規模に合った物件を選べなかったことが原因です。

これらの事例から分かるのは、「立地の良さ=成功」ではないということです。診療科・患者層・競合状況といった複数の要素を多角的に分析し、適正な物件を選ぶことが成功の鍵となります。

クリニックの物件選びで頼れる専門家とは

物件選びは医師一人で判断するには情報や手続きが複雑で、リスクも大きい領域です。そこで重要になるのが、医療開業に特化した専門家のサポートです。ここでは代表的な3つの専門家とその役割を紹介します。

不動産コンサルタント

医院開業に精通した不動産コンサルタントは、立地選定から契約交渉までをトータルにサポートします。医療モールやテナント物件の情報に加え、診療圏データや地域特性を踏まえて最適な候補を提案してくれるのが特徴です。また、内装工事や賃貸条件の調整など、開業に関わる実務面を一括で支援してもらえる場合もあります。

開業コンサルタント

開業全体を支援するコンサルタントは、物件選びだけでなく、資金調達、スタッフ採用、医療機器の選定までトータルにサポートします。また、国勢調査データや住民基本台帳を活用した診療圏調査を実施し、人口動態・競合状況・生活導線を踏まえて、成功可能性の高い立地を提案してくれる場合もあります。医師が診療に専念できる環境を整えるうえで、心強いパートナーとなる存在です。

まとめ:クリニックの物件選びで失敗しないために

物件選びは単なる「場所探し」ではなく、立地や契約条件が集患力や経営の安定を左右する経営戦略の核心です。開業資金の配分や契約内容を誤れば、立地が良くても経営が揺らぐリスクがあります。

だからこそ、不動産や診療圏調査などの専門家の知見を取り入れ、「立地・資金計画ともに納得できる物件を選ぶこと」が成功への近道です。

本記事が開業を目指す先生方の物件選びの一助となれば幸いです。

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