開業ノウハウ

医院開業前・開業後に住宅ローンを組むメリットとデメリット

医院開業前・開業後に住宅ローンを組むメリットとデメリット

医師は社会的信用度が高く、安定収入がある職業として一般的に認知されています。しかし「安定している」と言うものの、勤務医から開業医になる過程では収入や信用力に大きな変化が伴い、住宅ローンの組み方やタイミングにも影響します。そこで今回は「住宅ローンは医院開業前に組むべきか、それとも開業後に組むべきか」どちらが賢い選択なのかについて解説します。

医院開業前に住宅ローンを組むメリット・デメリット

開業前に住宅ローンを組むメリット

医院開業前の医師は、勤務医として主に病院やクリニックに勤務しているため、収入は給与として安定しており、金融機関からは信用力のある借り手として評価されます。(新卒や若手医師は、金融機関によっては高額ローン審査が厳しくなるケースもあります。)開業前に住宅ローンを組むメリットは以下の通りです。

安定的な給与収入によってローンが組みやすい

勤務医は毎月の給与が一定であるため、金融機関にとって返済能力の評価がしやすい状況です。これにより、住宅ローン金利が低く設定されることも多く、長期ローンを組みやすい傾向があります。

借入可能額が比較的高い

勤務医としての年収実績があるため、他職種に比べ高額のローンが認められやすいと言えます。特に大学病院や大規模病院勤務で収入実績が証明できる場合は、金融機関からの評価が高くなります。

将来の開業資金と両立可能

医院開業を視野に入れた場合でも、勤務医としての期間に住宅ローンを組むことで、将来の住宅資産形成を先行して進めることができます。特に低金利の時期であれば、長期的な返済計画を安定させやすくなります。

開業前に住宅ローンを組むデメリット

開業資金への影響(借入余力の圧迫)

住宅ローンを先に組むと、開業時の事業融資枠が減少する可能性があります。銀行は「すでに大きな個人ローンがある=返済余力が減っている」と判断し、開業融資を抑えるケースがあります。

キャッシュフローの負担

開業初年度は、売上が安定せず、運転資金が不足しやすい時期。すでに住宅ローン返済(月20~30万円)があると、生活費+開業初期費用で資金繰りが非常にタイトになるリスクがあります。

転居の柔軟性が失われる

開業場所が確定していない段階で自宅を購入すると、「通勤に不便」「開業地が遠くなった」など、生活動線のミスマッチが起きやすいです。特にパートナーの通勤やお子さんの通学環境を重視する場合は注意が必要です。

医院開業後に住宅ローンを組むメリット・デメリット

開業後に住宅ローンを組むメリット

事業資金と生活資金を明確に分離できる

開業準備中に住宅を購入すると、自己資金が分散し、開業資金が不足しやすくなります。
開業後にローンを組めば、「開業資金 → 事業用融資」「住宅資金 → 個人ローン(住宅ローン)」と明確に分けられ、資金管理がスムーズです。また、住宅ローン控除(住宅ローン減税)も確実に個人所得から適用できます。

クリニックの収益実績をもとに融資交渉ができる

開業後2~3年で経営が安定すれば、「医師+事業主」として銀行の評価はむしろ高くなります。特に、年間利益(医業収入)が安定、返済実績が良好(開業資金の借入返済など)、預金残高・納税履歴が明確、といった実績がある場合、住宅ローン審査は比較的スムーズに通ります。

事業の将来像に合わせた住宅選びができる

開業場所が決まった後に住宅を探すことで、「通勤距離(クリニックとの動線)、学区・地域コミュニティ、家族の生活圏」を明確にイメージできます。クリニックの立地が確定してからの住宅購入は、ライフプランのミスマッチを防ぎます。

医院開業後に住宅ローンを組むデメリット

医院開業後の医師は、自らクリニックや診療所を運営するため、収入は患者数や診療報酬に大きく依存します。開業直後などでは売り上げが安定せず、赤字になることもあります。そのため金融機関からは、返済能力が不確定と評価され、ローン審査が勤務医時代より厳しくなる傾向があります。

収入変動リスクが高い

医院開業初期は売上が安定せず、経費も多いため、返済負担が重くなることも考えられます。金融機関によっては、開業後数年の決算書などがない場合、融資額が抑えられることがあります。

金利条件が厳しくなる可能性

勤務医に比べ、融資審査時のリスクが高く評価されるため、金利が高めに設定されることがあります。また、融資額も自己資金比率を求められる場合があります。

借入審査に時間がかかる

事業計画書や過去の決算書、税務申告書の提出など、審査に必要な書類が多く、ローン実行まで時間を要する場合があります。

開業前・開業後の住宅ローンに関する比較表

横スクロールでご確認いただけます

項目 開業前(勤務医) 開業後(開業医)
収入の安定性 高い(給与固定) 変動する(売上・患者数に依存)
融資審査の難易度 比較的容易 難易度高め(決算書・事業計画書必要)
借入可能額 高め 勤務実績・自己資金による制限あり
金利条件 低金利を獲得しやすい 金利はやや高めになる場合あり
返済リスク 安定 収入変動により返済に対する負担が増加
税控除効果 一般的な給与所得者と同様に住宅ローン控除の対象 青色申告・住宅ローン控除など活用可能
資金計画の自由度 将来の開業資金との両立が必要 開業資金とのバランスを調整可能

医師が住宅ローンを組む際に気を付けるポイント

借入額の適正化

住宅ローンを組む際は、収入に応じた返済額を設定することが重要です。勤務医・開業医ともに、「無理なく返済できる範囲」を超える借入はリスクになります。特に医院開業後は、収入の変動に備え、余裕を持った返済計画が必要です。

返済負担率(年収に対する年間返済額の割合)は、25〜30%程度が目安

医院開業初期はさらに低めの設定が望ましい(20%以下が理想)

住宅ローン控除

住宅ローンには税制優遇制度も多く、一般的に高所得者である医師は税金の負担が高いため、税の軽減効果が大きいです。

借入限度額最大5,000万円(住宅性能による)、年末残高の0.7%を最大13年間控除可能(2025年現在)。ただし、医師の場合、高額所得で所得税が上限に達しているケースが多く、控除枠を使い切れないこともあります。この場合、夫婦共働きでのペアローンにより、控除枠を最大化できます。

金利タイプの選択

固定金利:返済額が安定するため、開業医や若手医師にはリスク管理上おすすめです。完済まで金利が一定している安心感があり、長期的な返済計画を立てやすいのが特徴です。2025年時点では、35年固定でも1%前後の金利が主流ですが、将来的にインフレが進めば上昇リスクもあります。医師家庭では、教育費・老後資金・開業資金の3重支出が重なる時期があるため、「返済額が変わらない安心感」を重視して固定金利を選ぶケースが増えています。

変動金利:低金利で借入できるが、将来の金利上昇リスクを考慮する必要あります。金利水準は低いものの、上昇局面では返済額が急増するリスクがあります。ただし、医師専用ローンでは一定期間の金利上昇を抑える上限設定型も登場しており、リスクを部分的に抑えられます。

固定期間選択型:固定と変動を組み合わせるタイプで一定期間固定後に変動金利となります。資金計画に応じて選択、収入の安定度・開業予定時期・教育費ピークなどに応じて配分を調整できます。例えば、「前半10年は固定・その後は変動」にすることで、開業資金準備期間とローン安定期を分ける戦略も可能です。

今後の金利がどのようになるかは予測ができませんが、日銀の金融政策やインフレ動向によりここ最近は金利が上昇気味であり、今後も景気動向や物価上昇率などを考慮した上で最適な金利タイプを選択しましょう。

頭金と自己資金

医院開業前は自己資金を少なくしても融資が組みやすい場合がありますが、開業後は自己資金の比率が高い方が有利。

医院開業資金と住宅資金のバランスを考慮し、無理のない範囲で頭金を準備。

金融機関選び

医師向けローンやドクターローンを提供する銀行を選択すると、有利な条件で借入可能。

開業医の場合、金融機関からの事業計画書の提出が求められるため、事前準備が重要。

金融機関は開業資金や住宅ローンを融資する際、必ず「返済原資(将来のキャッシュフロー)」を確認します。勤務医のときは「給与明細+源泉徴収票」で返済能力を判断できますが、開業医はそれがありません。したがって、銀行は事業計画書で確認します。

返済期間の設定

長期ローンにすることで月々の返済額は低くなるが、総返済額が増える。

開業後は収入が安定するまで長めの返済期間を設定し、余裕を持った返済を心がける。

リスク管理

病気や休職、経営不振による収入減を想定した返済計画を立てる。がん、三大疾病、高血圧、糖尿病など、医師が特に気にする疾患に対する保障を厚くする(金利上乗せとなる場合がある)。

収入保障保険や団体信用生命保険(団信)を活用して、万が一の場合に備える。

住宅ローン審査の流れと必要書類

医師が住宅ローンを申し込む際、一般の会社員よりも求められる書類や確認項目が多いのが実情です。特に開業医の場合、「個人」ではなく「事業者」としての信用が問われるため、準備には時間を要します。

勤務医のケース

必要書類は比較的シンプルです。

  • 給与明細(直近3か月分)
  • 源泉徴収票(過去2年分)
  • 勤務先の在職証明書
  • 本人確認書類(免許証・マイナンバーカードなど)

勤務医の場合、これらの書類で年収や勤務先の安定性が確認できるため、数日で仮審査が通るケースもあります。

開業医のケース

開業医は「個人事業主」または「法人代表者」として扱われます。金融機関によって異なりますが、一般的に以下の書類が必要です。

  • 確定申告書(直近3年分)
  • 決算書・貸借対照表・損益計算書
  • 事業用口座の入出金明細
  • 納税証明書
  • 診療所開設届、医療法人登記簿謄本

特に注意したいのは、開業後1〜2年の赤字決算になった場合です。「開業初期は投資が多くて当然」と医師側は理解していても、金融機関では赤字=リスクと判断され、融資額が減ることがあります。このため、住宅ローンを検討する際は、少なくとも2期連続で黒字を出した状態で申し込むのが理想です(金融機関により審査は異なります)。

金融機関やFPなどの面談で必ず確認したいポイント

金融機関の担当者やFPとの面談では、金利だけに注目するのは危険です。以下のような質問を用意しておくと、長期的に不利な契約を避けられます。またこれらの質問を明確にしておくと、契約後のトラブル回避と交渉余地の確保につながります。

金利・返済条件に関する質問例

  1. 固定金利・変動金利のどちらをベースにしたプラン?
  2. 将来的に金利が上昇した場合の返済シミュレーションは?
  3. 繰上返済の手数料・回数制限は?
  4. 団信の範囲(がん・就業不能・三大疾病)は?

開業医としての信用に関する質問例

  1. 事業用ローンと住宅ローンを同時に持つ場合の審査の影響は?
  2. 医療法人の代表者でも個人としてのローン契約は可能?
  3. 決算内容が一時的に悪化した場合の対応策は?

将来設計に関する質問例

  1. 将来的に医院継承や法人化を予定しているが、契約名義に影響は?
  2. 万一、転居や医院移転が発生した場合のローン継続は可能か?

開業前・開業後どちらでローンを組むべきか

開業前の利点を生かすケース

  • 勤務医として給与が安定している
  • 長期ローン・低金利で借りたい
  • 開業資金が確保でき、収入変動リスクを吸収できる場合

開業後の利点を生かすケース

  • 自己資金をしっかり準備できる
  • 開業医として事業計画が明確で返済能力を示せる
  • 将来の資産形成や税負担軽減効果を最大化したい場合

ハイブリッド戦略

  • 医院開業前に借入し、開業後に収入増を活かして繰上返済や借換えを行う
  • 医院開業初期は無理のない返済額でスタートし、収入が安定した段階で返済を加速する

成功例と失敗例

成功例:勤務医から計画的に移行したケース

都内総合病院勤務の40歳男性医師。年収1,700万円、5年後に医院開業予定。勤務医時代に5,000万円の住宅を購入し、ローンは変動金利0.6%で契約。開業時は、住宅ローンの月返済を20万円以下に抑え、残余資金で運転資金を確保。開業後3年目に黒字が安定し、金利上昇リスクに備えて固定金利へ借り換えを実行。

→ 医院開業前後のキャッシュフローを正確に把握し、「借り換え」も視野に入れた点が成功要因となります。

失敗例:医院開業直後に住宅購入を急いだケース

地方都市で内科クリニックを開業した38歳男性医師。医院開業半年後に新築住宅を検討し、融資を申し込むも直近決算が赤字のため審査否決。別銀行で借り入れたが、金利が1.8%と高く、後に返済負担が重くのしかかった。

→ 医院開業後すぐの赤字期は審査が不利。経営実績を整えるまで待つ方が得策であった。

何から始めるべきか

  1. 現時点のキャッシュフローを見える化する

    勤務医・開業医問わず、手取り・支出・貯蓄・投資をすべて一覧化します。

  2. 3年後・5年後のライフイベントを洗い出す

    開業・子どもの進学・転居などを具体的に時系列で整理します。

  3. FPまたは金融機関に相談する

    客観的判断をするためにも専門家と相談しましょう。金融機関も複数に打診が最適です。

  4. 住宅ローン事前審査を受けて“借入余力”を把握

    実際の借入可能額を確認することで、医院開業準備資金との配分を検討できます。

  5. 定期的に金利動向・控除制度をチェック

    制度改正は年単位で変化するため、最新情報の確認が欠かせません。

まとめ

医師が住宅ローンを組む際は、勤務医・開業医という立場に応じてメリット・デメリットが異なります。勤務医の安定収入を生かして低金利で借入できる利点と、医院開業後の収入変動リスクを考慮した慎重な計画が必要です。開業後は信用力が高いものの、審査や金利条件が厳しくなる可能性があるため、事業計画と資金管理をしっかり行うことが重要です。

住宅ローンは人生最大の借入であり、医師としてのライフプランや開業計画と密接に関連します。無理のない借入額、金利タイプの選択、返済期間の設定、リスク管理を総合的に検討することで、安心して住宅購入と事業運営を両立できます。最終的には、金融機関や住宅ローン専門のコンサルタント、税理士などの専門家に相談しながら、勤務医・開業医それぞれの状況に最適なプランを選択することが望ましいでしょう。

筆者プロフィール

筆者/岡崎謙二(1級ファイナンシャルプランニング技能士・CFP®)

株式会社FPコンサルティング(https://fp-con.co.jp

関西大学卒業後、最大手生命保険会社勤務を経て独立系FP会社を設立。保険会社勤務時に 医師会年金を担当し、医師・歯科医師と多数面談。医師・歯科医師に特化した金融商品を取り扱わない独立系FPとして講演会講師、個別相談など精力的に活動中。

資格:1級ファイナンシャルプラニング技能士(国家資格)・CFP®(国際ライセンス)。著書に『ドクターのためのお金の増やし方実践法~65歳で1億円を用意するために~』。

岡崎謙二(1級ファイナンシャルプランニング技能士・CFP🄬)

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