SNS・AI研究者 山口真一が教える 医師に求められるフェイク情報対策

【第3回】中庸層に届く医師の発信を

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【第3回】中庸層に届く医師の発信を

医療フェイク情報への対策を論じるとき、重要なのは「誰が最もフェイク情報に動かされているか」である。声高に標準治療を否定する人びとや、極端な代替医療を信奉する人びと──こうした強い信念の持ち主に視線が向きがちだが、フェイク情報が実際に揺さぶっているのは、むしろ、診察室で「ネットで見たのですが、これって本当ですか」と切り出してくる、迷っている多くの層である。本稿ではこの「中庸層」を中心に、医師の発信がどう設計されるべきかを考えたい。

フェイク情報に動かされるのは中庸層である

私はこの問題を実証的に検証してきた。題材としたのは、日本で実際に拡散された二つのフェイク情報である。一つは保守派の政治家に不利なもの、もう一つはリベラル派の政治家に不利なもの。それぞれを、まだその情報を目にしていない人びとおよそ4千人ずつに提示し、直後にその政治家への支持度がどう変化するかを測定した。
その結果、フェイク情報を目にした人の中で、少なからぬ割合が支持を下げた。しかもこれは、保守・リベラルといった政治的立場に関係なく共通して表れた傾向だった。さらに興味深いのは、どの層が揺れやすいのかという点である。強固な支持を持つ層はほとんど動かなかった一方、「やや支持する」といった弱い支持層は、フェイク情報を一度見ただけで態度を大きく変えていた。
もちろん政治情報と医療情報を単純に同一視することはできない。しかし、強い信念を持つ両極よりも、判断を保留している層が情報によって動きやすいという構図は、医療コミュニケーションを考える上でも重要な示唆を持つ。
標準治療を堅く信頼する層、強く拒否する層は、ネット上のフェイク情報を見ても揺らがない。揺らぐのは、迷っている多くの層である。サプリ販売であれ、自由診療への集患であれ、セミナーへの勧誘であれ、フェイク情報を意図的に発信する側は、まさにこの中庸層を狙って新規顧客を獲得しようとしている。

中庸の声は、ネット上では「見えない」

ところが厄介なのは、当の中庸層が、ネット上ではほとんど姿を見せないことだ。SNSは「言いたい人だけが発信する」能動的な空間であり、中庸な意見の持ち主は最初から書き込まない。
これは別の調査でも確認している。約3千人を対象に憲法改正への賛否を尋ねたところ、「非常に賛成」「絶対に反対」と答えた人は、それぞれ約7%にとどまった。しかし同じ人びとのSNS投稿回数を集計すると、この極端な意見の人たちが、全投稿のおよそ半数を占めていた。意見の分布と発信量が、これほど食い違っているのである。
医療情報の議論も例外ではない。ワクチン、標準治療、自由診療をめぐって、声の大きい両極が議論を占拠する。中庸層ほど距離を置き、議論の場には登場しない。冷静な医師の発信がそこに見当たらなければ、彼ら彼女らは判断の手掛かりそのものを失ってしまう。

拡散経路に見える、対面会話の重み

医師の発信は、SNS上だけの問題と見なすべきではない。フェイク情報がどう広がっているかを調べた調査は、対面経路の比重を浮かび上がらせる。
調査では、フェイク情報を広めた経験のある人のうち、最も多かった拡散の手段がSNS上のリポストでもシェアでもなく、家族や友人との直接の会話だったこともわかっている。広めた本人に悪意はない。「役に立つ情報だ」と感じて、ごく親しい者に伝えただけである。
裏を返せば、正しい情報も同じ経路で広がりうる。たとえば、診察室で患者さんに伝えた一言は、その日の家庭の食卓へ、翌週の職場などへと口づてに渡っていく。SNSでの発信と並行して、対面会話を「もう一つの発信の場」と位置づける発想が要る。

見開きしたことのあるフェイク情報の真偽判断

「一人の異論」が場の空気を変える

中庸層への発信を考える上で参考になるのが、社会心理学の古典である「アッシュの同調実験」である。実験では、一つの問いに対して明らかに誤った答えがある場合でも、被験者を取り巻く周囲全員(サクラ)が一致してその答えを正しいと判断すると、被験者は約32%の試行で同調してしまう。ところが、サクラの中に一人でも「本来の正しい答え」を口にする者を入れると、同調率は約5%にまで急落する。
これを医療情報のネット空間に置き換えれば、含意は明らかである。強い言葉ばかりが流通する場所に、一人の医師が冷静に「いえ、そこは違います」と発信を置く。バズる必要はない。検索したとき、信頼できる発信があることが大切だ。それを見つけた中庸層が、家族や同僚との会話で「お医者さんがこう言っていた」と伝える。正しい情報も、ここから静かに、しかし確実に逆方向に広がりはじめる。
たとえば、患者さんへの説明は「この治療でわかっていること」「まだわかっていないこと」「受診が必要なサイン」の三点を、本人が家族にも説明できるような短い言葉で伝える。診療科のウェブサイトにも同じ説明を掲載しておく。SNSを使う場合も、極端な主張への反論ではなく、患者さんが実際に検索する疑問に一つずつ答える。こうした小さな発信が、中庸層の判断材料になる。
さらに今は生成AIを使って治療法を調べる人も増えている。AIがどの情報を参照して回答するかはサービスによって異なるが、少なくともウェブ上に信頼できる医療情報が十分に存在することの重要性は、これまで以上に高まっている。
医療フェイク情報を完全に根絶することはできない。しかし、フェイク情報に迷う患者さんが踏みとどまる手掛かりを増やすことはできる。声の大きい両極の間に、信頼できる医師の冷静な発信を一つでも多く残しておく。これが、医療現場の側からフェイク情報に対抗する、最も現実的な道筋である。

■ 筆者プロフィール

山口 真一(やまぐち しんいち)
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授

1986年東京生まれ。博士(経済学)。専門は計量経済学、社会情報学、情報経済論。NHKや日本経済新聞をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。KDDI Foundation Award貢献賞、電気通信普及財団賞など受賞多数。著書に『スマホを持たせる前に親子で読む本』『嘘で満ちていく社会』『炎上で世論はつくられる』など。内閣府「AI戦略専門調査会」を始めとし、総務省、厚生労働省、文部科学省、公正取引委員会などの様々な政府有識者会議委員を務める。