【第1回】広がる医療フェイク情報に医師はどう向き合うべきか
【第1回】広がる医療フェイク情報に医師はどう向き合うべきか
医師が患者さんと向き合う診察室で「ネットで調べたのですが」と切り出されることは、もはや珍しくない。ただしその玉石混交の情報が新たなリスクを生み出している。今回は、 医師と患者間の信頼関係の悪化にもつながり得る医療フェイク情報がなぜ生まれ、なぜ広がるのか、その構造を整理し、医師がどう向き合うべきかを提案したい。
症状検索の一手目から患者さんは罠にはまる
人びとがフェイク情報にはまる典型的な経路はこうだ。気になる症状をスマホで検索する。検索上位に並ぶのは公的機関の解説ばかりではない。アフィリエイト目当ての健康情報サイト、根拠の薄い体験談の投稿、特定の自費診療や代替療法を勧めるブログ──こうしたページが上位に食い込むことも珍しくない。
このような情報が量産される背景の一つに、経済的動機がある。健康分野は多くの人が関心を持つ。そのため、閲覧数による広告収入や、書籍の出版、サプリ販売や代替医療クリニックへの誘導、有料セミナーへの招待など、多種多様な手段で稼ぐことができるからだ。
一度それらを閲覧すると、検索サービスやSNSの仕組み(アルゴリズム)が、「この人はこの情報に関心がある」と学習し、類似の情報を繰り返し優先的に表示する。「フィルターバブル」と呼ばれる現象である。本人は幅広い情報から中立的に情報を集めているつもりでも、見えている世界は静かに偏っていく。
特に深刻な疾患を検索するほどこの構造にはまりやすい。たとえば、がんの告知を受けた患者さんが「標準治療は危険」「ある食事療法でがんが消えた」といった言説に出合い、繰り返し浴びるうちに、それが自分のなかの「真実」へと固まる。その結果、標準治療をためらい、受診や治療のタイミングが遅れてしまう。「患者さんがスマホで調べてきた情報が明らかに間違っている」と感じたことのある医師の先生方も増えているはずだ。
患者さんは安心できる物語を求める
情報・メディア環境が変化しつつある現代社会において、騙されるのは必ずしも一部の層に限らない。私の調査(2024年、全国約2万人対象)では、日本で実際に広く拡散した15件のフェイク情報を見聞きしたことのある人のうち、「これは誤りだ」と適切に判断していた人はわずか15%程度にとどまった。年齢層による差はほぼなく、老若男女すべての人にいえる傾向だ。
その鍵は感情である。不安や恐怖を強く揺さぶる情報ほど、人は真偽を確かめる前に受け入れてしまう。とりわけ医療領域では、症状や予後への恐怖が「わかりやすい説明」を求める心理を強める。たとえば、新型コロナ初期に「お湯を飲めばウイルスは死ぬ」といった話が瞬く間に広がったのも、不確実性のなかで安心できる物語を求める心が働いた典型例である。しかも、いったん信じた情報は訂正されても容易には消えない。心理学で「継続影響効果」と呼ばれる現象で、誤りを指摘する記事を後から読んでも、最初に植えつけられた印象だけが記憶に残り続ける。こうした現象は、医療現場において患者さんによる不適切な治療選択や、医師と患者間の信頼関係の悪化を招く重大な課題となっている。
生成AIが構図をさらに歪める
この状況に、生成AIの普及が追い打ちをかけ始めている。生成AIは、もっともらしい文体で不正確な説明や、存在しない論文・症例を示すことがある。開業医や勤務医、そして患者さんまでがその出力を十分に検証せず判断材料にすると、誤った医療情報が診察室の対話に入り込むリスクがある。それらしい画像や動画も容易に作れる。
以前から、偽の専門家を起用したり、本物の医師の映像にまったく異なる字幕を付けたりして、サプリの販売を行う動画広告などは多く存在した。このようなものも、生成AIを使えば大量生産することが可能だ。
また、医師も患者さんも、生成AIに医療情報を確認した結果、誤った情報を返されるという、いわゆるハルシネーションの問題もある。特に医療分野では、ハルシネーションが命に関わる誤情報になりうる重大なリスクを秘めている。
フェイク情報を持ち込む患者さんとの向き合い方と、医師がすべき発信
ネット上では、フェイク情報に対しての訂正は不可欠だ。だが、フェイク情報の広がりは早い。訂正と並行して欠かせない要素が二つある。
一つは患者さんへの寄り添い方だ。患者さんが持ってくる情報に対して「それは間違いです」と一方的に打ち消す前に、まずは患者自身の不安や疑問を受け止め、そのうえでわかりやすい言葉で伝える。訂正は、事実の応酬ではなく、信頼関係のなかでこそ届くと、海外の研究が示している(共感的反証インタビューに関する一連のランダム化実験)。
もう一つは、SNSや動画、地域広報をとおした訂正の発信、また診察室内で「こんな偽情報があったよ」と声かけするなど、複数の経路から正しい情報を素早く重ね打ちすること。医師は医療情報の最も信頼される発信源の一つであり、その中心的立場にある。医師によるSNSの活用は、正確な医療情報の普及や健康啓発など、社会的意義も大きい。スピードと多チャネル化が、訂正を後追いではなく実効的なものへ変える。
だが、発信には常にリスクがともなうことを認識していただきたい。勤務医であれば医療機関全体に影響する可能性もある。そうしたリスクとネット炎上を生じさせない方法については次回に持ち越す。
■ 筆者プロフィール

山口 真一(やまぐち しんいち)
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授
1986年東京生まれ。博士(経済学)。専門は計量経済学、社会情報学、情報経済論。NHKや日本経済新聞をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。KDDI Foundation Award貢献賞、電気通信普及財団賞など受賞多数。著書に『スマホを持たせる前に親子で読む本』『嘘で満ちていく社会』『炎上で世論はつくられる』など。内閣府「AI戦略専門調査会」を始めとし、総務省、厚生労働省、文部科学省、公正取引委員会などの様々な政府有識者会議委員を務める。