1. パブリックヘルスの誕生:1918年のインフルエンザ・パンデミック

海外医療トピックス

2017.12.22

パブリックヘルスの誕生:
1918年のインフルエンザ・パンデミック

医療界における「歴史的瞬間」というものは多々ありますが、今回ご紹介するのはパブリックヘルス(公共の健康)というコンセプトの誕生秘話です。ごく一部の人々しか享受できなかった医療や治療を「みんなの医療」に変えるという大きな革命をもたらした、1918年のインフルエンザ・パンデミックについてみていきましょう。

5億人余りを感染させた驚異の感染力

日本では「Public Health(パブリックヘルス)」というと「公衆衛生」と訳されることが多いようですが、今回テーマとして取り上げる「パブリックヘルス」は「大衆向けの医療」を意味します。パブリックヘルスのコンセプトが生まれるまでは、医療といえば選ばれた身分の高い人々のみが受けられる特別なサービスでした。その風潮を変えたのが、1918年から1919年にかけて世界的規模の被害をもたらした「Spanish Flu(スペイン風邪)」と呼ばれるパンデミックでした。

スペイン風邪は世界で5億人余りが感染したと言われ、日本でも1921年7月までの3年間で、人口の約半数(2,380万人)が罹患し、38万8,727人が死亡したと報告されています。1918年春の段階では一般的なインフルエンザと同レベルの勢いだったスペイン風邪ですが、秋になるとその威力を急激に増しました。そして1919年までに計3度のパンデミックを繰り返したのです。この時代の人々にとってインフルエンザ感染の要因となる「ウイルス」の存在というのは、全くの新概念でした。予防接種ももちろん存在せず、多くの患者が同時発症し、肺炎の治療のための抗生物質もない環境で、医師はなす術もないまま、世界中で推計2,000万~5,000万人が命を落とすという事態にまで発展しました。

新たな発想のシステム誕生

このように多くの人々の命を奪ったスペイン風邪から世界が学んだのは、感染症にかかった個人を隔離したり個人の責任にしたりしても、パンデミックの拡散を防ぐことはできないという事実でした。パンデミックを防ぐためには個人単位ではなく社会単位で情報の共有やスムーズな対応を行うことが必要であり、また、被害を最小限に抑えるためには、流行している病気の性質や罹患原因を解明することが重要です。このようなことから誕生したのが「パブリックヘルス」のコンセプトです。

1920年代になり多くの国家が「みんなのための医療」という発想を取り入れるようになり、従来の医療制度に改革が起こり始めました。先頭を切ったのはロシアで、国営保険制度によって資金を調達した中央集中型の公的医療制度を設立。西ヨーロッパもその流れに続きました。米国でははじめ、雇用者ベースの保険制度に基づく医療という別の構想がありましたが、その後、医療を統合するための方策もとることになりました。また米国では、1925年までに全州が疾病報告システムに参加し、1918年のパンデミックの時にはなかった、「早期警告」というシステムが形を成し始めたのです。

世界保健機関WHOの設立

1920年代になると、多くの国が保健省の新規設立やその業務の見直しに乗り出しました。さらに、感染症は国境を超えるため、パブリックヘルスを実現する国際的な組織を作る必要がありました。そうして誕生したのが、現代の「WHO(World Health Organization )」の先駆けとも言える団体でした。WHOが正式に設立されたのは1948年。世界中の人々が平等により健康でより良い生活ができるような社会を作るという目標に向かい、現在も世界各国でさまざまな活動を続けています。

まとめ

人類はさまざまな困難や危機を乗り越えながら、多くの進歩を重ねてきました。医療の世界でもそれは同じであることは、多くの人々の命を奪ったパンデミックをきっかけに、パブリックヘルスという素晴らしいコンセプトが作られたことでもわかります。このように過去に発生したパンデミックや医療界に大きな変化をもたらしたターニングポイントなどの歴史を振り返ることも、現代の医療を理解するためには大切です。

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