【第13回】最善の医療判断のために大切なこと
医療現場では、医師は状況に応じてさまざまな判断を迫られます。治る見込みが高い場合などの軽度な判断もあれば、生命に関わる重大な判断を下さなければならないこともあります。「判断すること」は、医師にとって避けては通れない重責といえるでしょう。昨今は、その重責を患者さんが担うインフォームド・チョイスの時代ですが、だからこそ、重責を担う患者さんを積極的にサポートし、よりよい判断を下せる状況に導いてあげることこそ、これからの医師に求められるスキルではないでしょうか。今回は、医療判断支援の活動を行っている私が、「最善の医療判断のために大切なこと」についてお話しします。
- 寺下 謙三(てらした・けんぞう)
- 寺下医学事務所 寺下謙三クリニック代表
内科医、心療内科医、医療判断医(独自の分野)、執筆家
1978年東京大学医学部卒業。研修歴として心療内科学、脳神経外科学、一般内科学、老年病学を専攻。寺下医学事務所にて民間版侍医サービス「主侍医倶楽部」および「法人主侍医」を提供。医療関連企業の学術アドバイザーを受託。
慶應義塾大学医学部薬理学教室にて、1996年から2006年まで、新分野として「医療判断学」の特別講義を開催。
スマートDr.養成講座 第13回 最善の医療判断のために大切なこと
- 〔1時限〕 【診断と判断の違い】自信をもって医療判断を下せますか?
- 〔2時限〕 【医療判断の難しさ】医療判断医に必要な要素とは?
- 〔3時限〕 【判断に絶対はない】よりよい医療判断のために
- 〔4時限〕 【最善の医療判断へ】医療判断のためのコミュニケーション
〔1時限〕 【診断と判断の違い】自信をもって医療判断を下せますか?
■ 患者さんの運命を左右する「医療判断」
みなさんは、アメリカの哲学者マイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」をご存じでしょうか。現代のさまざまな難問についてエリート学生たちが議論を闘わせるこの授業は、その人気の高さから、メディアを通じて一般公開されており日本でもNHKが放送しています。
この授業を見ていると、Aか、それともBかという究極の選択を迫られる学生たちの姿に、医療現場のそれと相通じるものを感じずにはいられません。しかし、そこに参加している学生たちとみなさんとの間には大きな違いがあります。
みなさんの職場である医療現場では、あなたの診断と判断が患者さんの人生を大きく左右するかもしれないということです。
実際に患者さんの今後を左右するような、非常に難しい判断が迫られる場面で、あなたは自信をもって判断を下せますか?
■ 医療判断の厳しさを知る
突然ですが、以下のケースについて考えてみてください。
みなさんは、どんな判断をしますか?
CASE | あなた方は、がんの専門医です。 担当する40代の患者さんは余命1年以内と推定される進行がんです。 強力な抗がん剤Aが開発され、80%の方のがんが完治します。 しかし、副作用は強烈で、投与された患者さんの5%は1時間以内に死亡。 残りの15%の方は何の効果も得られません。 他に治療法がないとしたなら、あなたは患者さんにAを使いますか? |
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そんなとき、あなたの判断は?
- 1
- Aを使わずに一般治療、痛みを緩和する医療を行う
- 2
- 副作用覚悟でAにかける
- 3
- 迷って判断できない
- 4
- それ以外の対処を考える
これは、私が講師を務めていた慶應義塾大学医学部の「医療判断学講座」で、医学生たちに対して最初の授業で必ず問いかけていた、医療判断の仮想体験です。
医学生たちは、突然の難題に面食らいながらも、次第に真剣な表情となり、迷いながらも答えを導き出していきます。
注目すべきは、このシミュレーションの中で、想定する患者さんをより具体的にしていくと、その回答が変わっていくことです。
STEP1 一般の患者さんを想定
- 1. Aは使わずに一般治療、痛みを緩和する医療を行う …10~20%
- 2. 副作用覚悟でAにかける …60~70%
STEP2 「親が患者さんだとしたら」想定
- 1. Aは使わずに一般治療、痛みを緩和する医療を行う …微増
- 2. 副作用覚悟でAにかける …50%に減る
- 3. 迷って判断できない …増える
STEP3 「自分自身が患者さんだとしたら」想定
- 2. 副作用覚悟でAにかける …90%以上に増える
私は10年間に渡って、医学生たちにこの問いかけをし続けてきましたが、興味深いことに、結果は毎年同じ傾向を示しました。
最難関の大学入試において、ほぼ同じ解答を導き出すことで試験を突破してきた学生たちが、この課題についてはそれぞれ違った解答に至り、また、状況が変わるごとに判断も変化しています。
では、彼らが医師となり経験を積んでいけば、みんなが同じ解答に辿り着くのでしょうか?
答えはNOです。
医学生として6年間医療を学び、その後、医師として長年経験を積んでも、この判断の不確実さは付きまとってきます。
では、「正しい医療判断」とは何なのでしょうか?
■ 最善の医療判断のために必要なこととは?
ここで、医療における「診断」と「判断」の違いについて説明したいと思います。
- 診断とは…
- 医学的・科学的な作業で、医師が責任をもって行う。
医療報酬としての対価がある。
- 判断とは…
- 診断を基にした実践的作業で、最終的な決断は患者さんが行う。
医療報酬としての対価は現在のところない。
近年のインフォームド・コンセント、インフォームド・チョイスという流れの中では、医師が診断をし、最終的な判断をするのは患者さん側です。しかし、すべての患者さんが納得のいく、自身にとって正しい判断をできるわけではありません。私は、患者さんがよりよい判断をできるように、医師が積極的にサポートをし、関わっていくべきだと考えています。
そのためには、医師がこれまで以上に広い知見や情報を保有することが重要なのです。
そこで、研修医のみなさんには、次の3つのことを意識していただきたいと思っています。
(1) 幅広い医療技術と知識の取得
専門分野以外の医療について、幅広く知っておくのは大切なことです。研修医のみなさんは、現在ご自身の専門分野を模索している時期だとは思いますが、専門分野以外についても「耳年増」になってください。他分野のさまざまな情報を収集することは、この先きっと役に立つでしょう。
また、そのためにも、積極的に医師同士のネットワークを広げていくことが大切です。専門分野以外についての情報を得られるだけでなく、医療判断をする上で客観的な意見を聞くことができるなど、そのメリットはとても大きなものだといえます。
(2) 医療面接、カウンセリング技術の向上
医療判断の場において、患者さんとのコミュニケーションは欠かすことができません。そこで、患者さんとの信頼関係をいかに築くか、患者さんの不安をどのようにして軽減すればよいかなど、患者さんに対するカウンセリング技術の向上が求められます。新研修医制度では、病院により違いはありますが、精神科や心療内科の研修が数か月間あるので、先輩方にしつこいと思われるくらい質問をするなどして、その期間を最大限に活用しましょう。
(3) 臨床医療判断理論の確率論の理解
みなさんも既に勉強されていると思いますが、一般的な医療判断は、「根拠に基づいた医療(EBM: Evidence-Based Medicine)」を基にして行われています。まずはそれをしっかり理解することが大切です。
しかし、科学的根拠に基づいた判断を下したとしても、実際の医療判断の場においては、患者さんを取り巻く環境や状況、患者さんご自身の意向などが関与するので、「確率に左右されることゆえの不確実性」が常に存在する、ということも覚えておいてください。
2時限では、私が行っている医療判断医という仕事をご紹介しながら、さらに医療判断の難しさについてお話しします。