太田祥一ブログ医の王道に向かって

〔第19回〕 漢方で挑戦

>>一覧はこちら

以前の私は漢方といえば、風邪のひき始めに葛根湯、忘年会シーズンに漢方胃腸薬ぐらいの馴染みでした。卒前に漢方医学を勉強した記憶はあまりありませんが、今では多くの大学で取り入れられているようです。漢方には実、虚という考え方があり、治療は実を取り除き、虚を補うことが基本になっています。

まず、虚とは、栄養状態、免疫力、気力といった生命活動の活性が低下した状態ですので、これは集中治療を受けている状態と同じと考えられます。その際に用いられる、補剤(虚を補って、恒常性を回復させる)は、免疫機能の賦活、栄養状態改善、生体防御機能の回復、治癒力向上などの効果があるので、これは救命救急領域で可能性があるのではないかと考えました。

私が漢方に興味を持ちだしたころは、ICU入室中にMRSAが検出されるとこれを陰性化するまで転床、転院が難しかったので、保菌の場合にはただ陰性化するのを待っていることが多くありました。そこでこの補剤によって陰性化を促進できないかと考えて試してみました。研究の目的は、補中益気湯がMRSAの検出率・陰性化率に与える影響を明らかにすることで、対象は1週間以上気管挿管(含気管切開)をされている中枢神経系疾患に伴う遷延性意識障害例で検討しました。

その結果は、MRSAは、来院後1-2週間で投与群4例、非投与群4例に検出され、2週間後には、補中益気湯投与群では、MRSAは、4例中1例(25%)、非投与群では、4例中3例(75%)が検出された、という結果でした。つまり、補中益気湯はMRSAの出現抑制、予防効果とも確認されませんでしたが、一旦検出されたMRSAの陰性化率は、補中益気湯投与群が高く、陰性化を促進する可能性が示唆されました。

この研究が私と漢方との始まりでした。補中益気湯は術後等の急性期だけでなく、高齢者の栄養状態の改善や生体防御機能を賦活化させるため、誤嚥性肺炎、COPDや認知症にも有用という報告があるようです。私は倦怠感や食欲不振、活動性低下等に用いていますが、貧血があれば十全大補湯を用いています。

第39回救急医学会総会・学術集会では、急性期における漢方治療の応用という教育講演を企画しました。多くの救急医に関心が高く、熱心に勉強されていた姿がとても印象的でした。「EBMによる救急・集中治療領域の漢方の使い方」(ライフ・サイエンス、2011年10月)はその際の演者をお願いした中永先生に書いていただきました。ご希望の方はツムラの方に尋ねてみてください。


救急集中治療領域では早期の経腸栄養が非常に重要とされています。やはり経静脈とは異なり、口からという、生理的な栄養は身体に力を与える、ということだと思っています。免疫が強化された栄養剤もある、プロバイオティクス(腸内フローラのバランスを改善することにより人に有益な作用をもたらす生きた微生物、微生物を含む食品)やプレバイオティクス(①消化管上部で分解・吸収されない、②大腸に共生する有益な細菌の選択的な栄養源となりそれらの増殖を促進する、③大腸の腸内フローラ構成を健康的なバランスに改善し維持する、④健康増進維持に役立つ、の条件を満たす食品成分で、オリゴ糖や食物繊維の一部(ポリデキストロース、イヌリン等)、シンバイオティクス等も用いられています。

大きな侵襲が加わった直後は早期腸管栄養が必ずしもうまくいかないことに悩みます。逆流が多い、下痢がひどい、といった問題です。これらに対しては、投与速度(少量持続)、投与量、濃度(浸透圧)、温度等を調整したり、薬剤(エリスロシン、プリンペラン、プロスタルモン、ビフィズス菌)を試みたりしますが、うまくいかないことも少なくありません。

そこで着目されたのが六君子湯です。食欲不振、胃部不快感、胃蠕動抑制時に用いられますが、作用機序として、消化管運動機能改善作用(胃適応性弛緩促進、胃底部貯留能亢進、胃排出能促進)、グレリン分泌促進(The traditional Japanese medicine rikkunshito increases the plasma level of ghrelin in humans and mice.Matsumura T, Arai M, et al. J Gastroenterol. 2010; 45: 300-307.)による摂食亢進作用、胃粘膜保護作用、抗ストレス作用、抗酸化作用などが報告されています。

集中治療領域では、胃内容が停滞した高度侵襲患者における六君子湯の胃蠕動改善効果について検討されています(巽博臣. Prog Med.2008;28(1):114-115.)。術後でも、幽門保存胃切除術後で、液体の急速排泄は起こさず、固体排出を改善させるという興味深い内容も報告されています(Effect of Rikkunshito, a Chinese Herbal Medicine,on Stasis in Patients After Pylorus-Preserving GastrectomyTakahashi, T. et al. World J Surg. 2009,33,p.296-302.)。

現在、最も多く用いられている漢方に大建中湯があります。腹部膨満感のある麻痺性イレウスの腸管運動改善、腸管運動促進作用等があり、これは平滑筋収縮血流増加作用(腸管上皮から抗酸化作用のあるアドレノメジュリン放出)、腸管粘膜防御作用や抗炎症作用も認められているため、消化器領域で多く用いられています(Exodus of Kampo, traditional Japanese medicine, from the complementary and alternative medicines : Is it time yet? Kono, T. et al. Surgery. 2009 , 146, p.837-840.)。

集中治療では早期経腸栄養の前にGFOを投与することが多いと思います。これは、グルタミン(生体内で最も多いアミノ酸)3g、水溶性ファイバー(腸内細菌で短鎖脂肪酸に分解されて利用される)5g、オリゴ糖(ビフィズス菌を育てる)2.5gで、免疫増強、筋蛋白崩壊抑制・合成促進、.腸管刺激、整腸作用等があり、1週間以上の絶食、重症外傷、急性膵炎、敗血症、熱傷、MRSA感染症・腸炎、偽膜性腸炎等で用いられます。

大建中湯は、人参、 乾姜・人参・山椒、膠飴からなり、これらはそれぞれ、人参はグルタミン酸、 乾姜・人参・山椒は食物繊維、膠飴はマルトースでオリゴ糖が主成分、とまさにGFOと同様の成分からできています。