1. 〔第5回〕 あきらめない、とことんこだわる

太田祥一ブログ医の王道に向かって

〔第5回〕 あきらめない、とことんこだわる

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あきらめない、とことんこだわる、これは私が救命救急から今でも日々の臨床でもっとも大切にしていることです。以前は救命、生命を救うことに、他科研修の際には手技、手術等の治療に、今では自宅での日々変わらない普段通りの落ち着いた生活、と少しずつ目標は変わるかもしれませんが、人に対する、物事に対する取り組み方は変わっていないつもりです。これからはこれにまして、さらに、プライドを持って、が加わっていくのかもしれません。

私は救命救急医療でとにかく生命にこだわり、救命第一に全力を尽くすということを大切にしてきました。救命第一ということは、ひとまず機能や整容は考えずに、まず生命だけを優先するという意味です。このこだわりは救命のためにも医師として自立するためにもとても重要だと思います。
高齢社会に入り、急変時に救命救急センターに搬送されても、救命を望まれない、ということが起こり始めました。これはどういうことかというと、有限の救命救急センターの集中治療室が看取りの場になる可能性があるということです。さらに高齢化が進むと、救命救急センター搬入時、あるいは救急車到着時に、延命は望まない、という話が出ることにもなるのでしょうか。

これでは救命=延命ということになってしまいますが、救命と延命の意味は違うはずです。急変時にはまず、救急医が全力で最善の救命救急医療を施し、不幸にしてそこで満足される結果が得られない、つまり回復の見込みがなければ、そこからは終末期医療(延命治療)ということになるのでしょうか。
これからは、救急要請する、病院に行く、ということの目的、つまり、何をどうしたいからということをはっきりさせて医療者間はもちろん、地域や社会とも共有する必要があるのだと思います。そのために医師、特にかかりつけ医の果たす役割は大きいと思います。

日本救急医学会では以前から救急医療後の終末期について検討してきました(日本救急医学会のガイドライン)。最近では日本集中治療医学会、日本循環器学会とともにガイドライン作成が3学会合同で進められています。

もともとの救急医学会のガイドラインの終末期の定義は、
(1)不可逆的な全脳機能不全
(2)生命の人工装置への依存
(3)効果を期待できるさらなる治療がない
(4)悪性疾患などの末期である
の4つで、延命措置中止については選択肢として、人工呼吸器、人工透析、昇圧薬投与量、水分・栄養補給などに関する具体的な方法が記載されていました。ちなみに水分補給に関しては、日本緩和医療学会では終末期癌患者の輸液療法に関するガイドラインが出されています。(ガイドライン)
癌の終末期は社会的にも受け入れられているように思われますが、非癌、救急など良性疾患についてはその言葉の定義自体が難しいように思います。

話を元に戻しますが、終末期には患者に意思決定能力があるかないかも重要な因子です。もちろんのことですが、患者の意思を尊重することが第一義です。他にも、家族のこころのケア、家族らの定義、心肺停止時に胸骨圧迫を行うか、などが三学会合同のコンセンサスで取り上げられています。プレホスピタルケア(病院前救護)でも、救急現場で救急隊が、家族から蘇生を拒否される、死亡確認を希望される、こともあるのでしょうか?

日本老年医学会も立場表明をしています。(立場表明)このように、終末期や看取りはこれからの社会で大きな課題ですが、終末期からその後の看取りまでの意思決定プロセスを、医師だけでなく看護師他を含む医療チーム、できれば家族や介護者も含めて共有して対応するのが良いと思います。
看取りは大事な場面だと思います。こちらも救命と同じように悔いが残らないように最善を尽くしたいものです。「先生に任せたから、よろしく頼む」と言われたことがあります。

高齢社会の医療では重要なテーマですが、そこにはまず救命、が基本で、それはより良く生きる、ことが前提ですので、この問題もよりよく生きることから始まると思います。ですから救急医にできることが多くあるように感じています。これからも現場の話を研修医や学生に伝えていきたいと考えています。