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【第10回】矢吹 拓

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矢吹 拓

国立病院機構 栃木医療センター 内科医長

関心が高まる高齢者の「ポリファーマシー」。その問題に切りこむため、
ポリファーマシー外来の新設を自ら提案。多職種チームで活動を展開中

高齢者を取り巻くひとつの大きな問題として、最近、「ポリファーマシー(多剤併用)」がしばしば取り上げられる。高齢者の場合、年齢とともに抱える慢性疾患の数が増え、ポリファーマシーが生じやすい。それが、転倒や頻尿などの老年症候群を引き起こしたり、潜在的な不適切処方や服薬過誤などとも関連した薬剤有害事象につながったりする恐れがある。

全高齢者の半数程度はポリファーマシー状態にある――。こんな実態が国内外の疫学調査から明らかになるなか、国立病院機構栃木医療センター(350床)は、2年ほど前、ポリファーマシーの問題に切りこむため、65歳以上の入院患者を対象に、多職種がチームでかかわる「ポリファーマシー外来」を立ち上げた。この特殊外来の開設を提案し、牽引しているのが、同センター内科医長で総合内科医の矢吹拓(やぶき・たく)医師だ。今年で医師になって13年目。自身の活動の場を、診療所、施設、在宅と、院外にも広げながら、「ケア」の視点を重視し、高齢者に害をもたらす可能性のある薬剤投与やポリファーマシー状態の回避に、地道に取り組んでいる。

プロフィール

1979年生まれ。群馬大学医学部卒業。前橋赤十字病院にて臨床研修を終了後、国立病院機構東京医療センター総合内科を経て、2011年から国立病院機構栃木医療センター内科に勤務。13年より現職。日々の学びをまとめたブログ「栃木県の総合内科医のブログ」を定期的に更新している。

ポリファーマシーに関連する矢吹拓氏の主な論文

【ポリファーマシー外来開設とその実際~平均8.8種類の内服薬を4.8種類に減薬~】病院羅針盤 7巻80号 Page10-15(2016.05)

【ポリファーマシー その症状は薬のせい!?】 多剤服用について考えよう! "ポリファーマシー"を知っていますか? レジデントノート (1344-6746)17巻16号 Page2929-2936(2016.02)

【EBMアップデート】 教育現場でのEBM 研修医のEBM.JIM: Journal of Integrated Medicine (0917-138X)21巻7号 Page576-578(2011.07)

ポリファーマシーを強く意識するようになったのは、内科の勉強会がきっかけ
院内で起きた重篤な薬剤有害事象。その残念な結果が特殊外来開設へ思いを動かす

矢吹氏がポリファーマシーを強く意識するようになったのは、栃木医療センターの内科医の間で定期的に開かれている勉強会がきっかけだった。
「同僚に薬剤師出身の医師がいて、今から4年ぐらい前、彼が勉強会のテーマに挙げたのがポリファーマシーでした。それまでも、ふだん高齢者を診ていて、私自身、飲んでいる薬がかなり多いという印象はもっていました。現れている症状の原因が薬の副作用や相互作用によるものだった。そんな症例もしばしば経験していましたが、勉強会のなかで、ポリファーマシーの概念をあらためて学び、その害や是正への取り組みを知るなかで、高齢者にとって弊害を招きやすい、見過ごせない問題ととらえるようになりました」

この勉強会の翌年、矢吹氏らは同センター内科の入院患者を対象にポリファーマシーの実態を調査。その結果、内服薬剤数は平均5.1種類で、65歳以上に限ると平均6.2種類であることがわかった。なかには20種類を超える薬を飲んでいた高齢者もいた。

「ポリファーマシーの『多剤』が何種類以上を指すのか、いくつか定義がありますが、おおよその目安となる5種類以上とした場合、この調査結果は、ポリファーマシーが非常に身近なテーマであることを突きつけてきました。
それで、私たち内科医は、患者さんに薬剤を追加する際は、単に上乗せするのではなく、逆にすでに処方されている薬剤のなかで減らせるものはないかと、“引き算の処方”の視点も意識して診療しよう、ということになったのです。
多剤併用で注意を要する患者さんのカルテにはプロブレムリストとして、『♯ ポリファーマシー』と明記するようにもなりました。ただ、一医療機関の一診療科の医師たちが、意識してポリファーマシーに対応しても、是正に向け何かが大きく変わるとは思えませんでした。なぜなら、ポリファーマシーは、医療者側・患者側・製薬会社側それぞれがもつ、いくつもの要因が複雑に絡み合って生じているからです」

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ポリファーマシー外来が対象にしているのは内科以外の入院患者。今では3病棟に広がっている。

そんな思いの時、残念でならない症例を経験した。院内の他の診療科に入院していた80歳代の女性が、ポリファーマシーが関連した重篤な薬剤有害事象を発症し、死亡した。

「その患者さんは持参薬が多く、担当医が処方元の医師に問い合わせをしたのですが、すべての薬剤の服用を継続するように言われ、さらに入院中に新たな薬剤も追加され、10種類以上の投与が続けられました。事後検証してみると、入院前から長期にわたって処方されていた薬剤に、重複や不適切な組み合わせが複数見つかり、それが命にかかわる薬剤有害事象を引き起こしたと考えられました。また、患者さんは、自宅ではきちんと薬を飲んでいなかったのだと思います」

この死の転帰をとった症例を院内の医療安全部門で検討した結果、「入院当初から処方への適切な介入ができていれば、防ぎ得た有害事象であり、何らかの再発防止策が必要」という結論に至った。そこで、防止策の具体的な取り組みとして、矢吹氏が提案したのが「ポリファーマシー外来」の開設だった。そして、3か月の準備期間を経て、2015年1月、ポリファーマシーにシステムで対応する特殊外来が始まった。

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命にかかわる薬剤有害事象を経験し、ポリファーマシーにシステムで対応する特殊外来の新設を提案。以来、その牽引役を務めている。

和を乱さないタイプの人間が、周囲に波風が立つ試みにあえて挑戦
今では介入対象の病棟も増え、好意的なフィードバックも届く

「どちらかといえば和を乱さないタイプの人間」。矢吹氏は自分をこう表現する。
「でも、ポリファーマシー外来が立ち上がると、周囲に波風が立つのは必至で、外来の新設とその仕組みの構築には、正直、火中の栗を拾う、気持ちで臨みました」

ポリファーマシー外来では、病棟看護師、病棟薬剤師、地域連携室と医療安全室の事務職員、内科医による多職種連携チームで、入院患者のスクリーニング(65歳以上・1週間以上の入院見込み・内服薬剤5種類以上)、外来診察、必要に応じ薬剤の見直し、見直し後のフォローアップ、段階的な薬剤調整、処方元医療機関への診療情報提供が、順次行われていく。外来は週に2日開き、医師は矢吹氏ら4人が当番制でかかわっている。

「すでに個々の医師がポリファーマシーの問題に対処している内科は除外して、他の診療科に入院してきた患者さんを内科医が診察するやり方で、しかも他の医療機関で処方された薬を見直していくので、私たち内科医は完全にアウェイな立場で踏み込んだ介入をすることになります。それに、特に症状がない患者さんに未然に介入する場合、薬を減らしたりすることは、患者さんにとってデメリットになる可能性がゼロではない。とにかく難しさ覚悟の船出ではあったのですが、あの薬剤有害事象による死亡例は、私にとって本当に大きな出来事でした。繰り返し起こることは避けなくてはいけない。それには一歩踏み出さなければ。そんな思いが、波風を立てずにやり過ごそうという気持ちに勝っていました」

2015年の1年間に、ポリファーマシー外来で介入したのは、主に整形外科病棟の患者で47人(介入率は約40%)。平均年齢80.5歳で、基礎疾患は平均6.7疾患あり、入院前の内服薬剤は平均9.0種類だった。それに対し、介入後は内服薬剤が平均5.0種類となり、平均4.0種類が中止された。薬剤全体の中止率は56.2%に上り、中止が1年間続くと仮定した場合、47人の年間削除薬剤費(先発薬価で換算)は合わせて約886万円/年になることもわかった。
「介入を通して、患者さんからは『体調がよくなった』という声や、近隣の医療機関の医師からは『薬が増え過ぎてどうしていいのかわからなかったので助かった』など、好意的なフィードバックがいくつも届いています。当院の他の診療科の先生たちにもポリファーマシーの問題は浸透してきていて、外来のシステムに乗る前段階での相談も増えています」

外来を開設した当初は、整形外科病棟の患者に限って試験的に介入。その後、対象患者は地域包括ケア病棟にも広がり、今年9月には、耳鼻咽喉科・泌尿器科・歯科口腔外科等が入る混合病棟も新たに加わった。
「ただし、退院後、入院前とまったく同じ処方に戻っている、ポリファーマシーが“再発”した患者さんもそれなりにいます。私たちの介入によって患者さんに改善があったのかどうか、真のアウトカムの検証はこれからです」

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患者や家族に向けた「ポリファーマシー外来」のパンフレット
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薬剤が変更・中止になった患者が退院する際、院長名義で処方元の医療機関に送られる「ポリファーマシー外来」に理解を求める文書

“ポリファーマシー=悪”の思考に陥ることは避け、患者との話し合いを重視する
高齢者ケアのひとつの取り組みとして、やりがいも実感

ポリファーマシー外来の牽引役として、矢吹氏が常に失わないようにしているのは、「バランス感覚」なのだという。
「薬剤数を減らす。それだけに執着するのは安易で短絡的といえます。“ポリファーマシー=悪”のような考えのもと、患者さんに一律に介入するのはバランスが悪いと思っています。私が重要視するのは、医療者が個々の患者さんと、エビデンスに基づいた薬の効果や副作用、薬に対する患者さん自身の思いなどについて、手順を踏んで話し合う機会をもつこと。そして両者が共通基盤を築きながら、今後の処方の方針を一緒に決めていく作業をしていきたいと考えています」

外来では思わぬものが見えてきたりもする。
「ポリファーマシーを知ることは、その患者さんの歴史を知ることです。患者さんの人生が浮かび上がってくるようなところまで、多職種チームで話を聞いていくと、処方の見直しはさることながら、新たな病気の診断や病状の正確な把握につながったりもするわけです。この点は、ポリファーマシーに限らずやりがいを感じる部分です」

矢吹氏は、院内だけでなく、週に2日は地域の診療所でも診察を行う。また、訪問診療にも取り組み、高齢者施設でも患者を診ている。
「私は、高齢者ケアに取り組んでおり、ポリファーマシーへの対応も高齢者ケアのひとつ、というとらえ方をしています。高齢者に数多く接するなかで、現在は看取りにかかわっている医療者や介護職の方たちと、デスカンファレンスを開くようにしています。これは、看取りを通して出てきたモヤモヤを共有し、よりよいケアにつなげよう、かかわった自分たちのグリーフケアをしようというコンセプトで行っています。どこで最期を迎えることになってもハッピーでいられる地域や看取りの文化を多職種の人たちとともにつくっていきたい。こんな夢もあります」

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「ポリファーマシーへの対応ではバランス感覚が必要」と矢吹氏。
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(右)日本老年医学会が発表した『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』。薬剤調整を検討する際のツールのひとつになっている。
(左)矢吹氏が編者となり各地の若手医師・薬剤師が執筆にあたったポリファーマシー特集(『レジデントノート』2016年2月号)

10年後、矢吹先生は自分が何をしていると思いますか?

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「私の理想は『ふつうの医者になる』ことです。一般的な病気に幅広く対応できたり、患者さんの不安や心配事の相談にしっかり乗れたり、そんな医師になりたいと思って、これまでやってきました。病院だけでなく診療所での診察や訪問診療を続けているのはそのためです。10年後も、私のなかでは『ふつうの医者』がキーワードのはずです。ポリファーマシーへの対応のように、その時、その時、やるべきこと、やらなければいけないことに、一生懸命取り組んでいきたいです」

所属・役職は取材当時(2016年9月)のものです。
写真・渡辺七奈 =宇都宮市の国立病院機構 栃木医療センターで

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