船舶や発電所などに用いる大型機器や、オーダーメイドの工作機械などの製造をメインとしながらも、2004年に医療機器開発に新規参入した山科精器。
試行錯誤を続けながら、医師や協力会社との共同開発を進め、着実にさまざまな機器を生み出しつづけている。
医療機器の組み立て作業をするためのクリーンルーム。
船舶に用いられる冷却器など、熱交換器を製作する工場内。
本社工場は栗東市郊外に位置する。周辺は工業団地として多くの企業が工場を構えている。
クリーンルーム内で医療機器の組み立てが粛々とおこなわれているのを見学したあとに向かったのは、山科精器が半世紀以上にわたって手がけてきた、工作機械や熱交換器などの工場。細かな医療機器製品と、何メートルもある機械製品は、サイズも違えば、歴史の長さも全然違う。だから、後者のほうが工場然とした雰囲気を醸し出しているのは仕方のないことなのだが、クリーンルームには山科精器の未来が詰まっているといっても過言ではない。
「見ていただいてわかったと思いますけれど、まるで正反対でしょう?」と笑うのは、工場を案内してくれた常務の藤原卓也さん。「でも、工作機械をはじめとする従来の製品は、クライアントのニーズに合わせて一台ずつ設計するので、すべてが一点ものともいえるわけです。そのような環境の中で日々作業している弊社の設計者や工場のスタッフは対応力があるので、いつ医療機器を手がけることになっても大丈夫なんです」。
1939年に京都の山科で創業した山科精器は、マイクロメーターをはじめとする計測機器の製作からスタートし、戦後は工作機械や注油器、熱交換器等へとシフト。自動車や造船といった高度成長期の日本をけん引した業界を支えつづけてきた。
「日本の自動車や造船の業界はまだ元気ですけれど、景気の波に左右されやすい側面もあります。先代の社長(現会長)は、何かもう一つ、柱になる事業がほしくて、医療の世界に飛び込んだのです」
こう語るのは、社長の大日(おおくさ)陽一郎さん。2016年から社長を務めている。
「あと、先代は若い頃に結核を患ったことがあり、そこで苦労した経験から、いつか医療の分野に貢献したいという気持ちがあったようです」
具体的には、2004年の「都市エリア産学官連携促進事業」に参画したのが、そもそもの始まり。会長がその担当として白羽の矢を立てたのが、現在は取締役を務める保坂誠さんだ。「初めて参入する業界ですし、会長も、いちばん優秀な設計者を連れていきたいと考えたのだと思います」と大日社長からの信頼も厚い。
「私は工作機械の設計者として入社して、それまで医療機器に関する知識はありませんでした。当時はまだ若かったですし、正直、よくわからないまま参加しました」と保坂さん。「都市エリア産学官連携促進事業」には、付き合いのある立命館大学から声をかけられたことが参画のきっかけだった。
「そのときは付き合いとして参加するのか、それとも本気で医療の世界に参入しようとしているのかもわからなかったのですが、いずれにせよ、ドクターと会話できるようにならないと何も始まらないな、と思いました」
そこで保坂さんは、京都大学の社会人向けコースで医工連携を学ぶことを決意。1年半もの間、会社での仕事をこなしながら、週に3日、講義を受ける生活を続けた。
「講義を受けたり実験に参加したりすることで、人体の構造や手術で使う道具に関する知識はある程度身につけることができました。だけど、実務となると話は別で、医療機器の開発の仕方や、承認のとり方など、わからないことだらけでしたね」
「エンドシャワー」。視野を保ったままの吸引・洗浄・色素散布ができる洗浄吸引一体型カテーテル。
そんな折に、大阪大学の中島清一氏と出会う。消化器外科医であり、医療機器開発に並々ならぬ意欲をもつ中島氏は2008年、自身が所属する消化器外科学教室内に、革新的な医療機器の開発をめざす研究グループ「次世代内視鏡治療学共同研究講座(プロジェクトENGINE)」を結成した。ここに山科精器も参加し、同社初となる医療機器製品「エンドシャワー ®」をはじめ、いくつもの製品を中島氏の監修のもとで開発することになった。エンドシャワーは洗浄吸引一体型のカテーテルで、先端に装着するデバイスを変えることによって、さまざまな機能を持たせた派生製品が誕生している。
「中島先生とともに研究・開発をおこなうようになったのと同時に、医療機器を製造・販売するための許可を取得したり、社内に医療機器製造用のクリーンルームを作るなどのインフラも整備しました。そうして、先生から開発テーマをいただいてから、エンドシャワーを発売するまでに5年ほどかかりました」
「プロジェクトENGINEには多くの企業が参加しているけれど、医療機器メーカーとして企画・開発から製造・販売までの流れを一社で完結できる企業はほとんどないんですよね。その点で、中島先生は弊社をパートナーとして大切にしてくださっているのではないでしょうか」(保坂さん)
「あと、開発に関わった製品はすべて上市すること。山科精器はこれを重要なテーマとして掲げています。現在までそれを達成できていることも、先生が評価してくださっているポイントだと思います」(藤原さん)
「サクションボール・コアギュレーター」(上)は吸引とソフト凝固による止血が一人で同時にできるボール型電極。下顎頭の蝶番運動を拡大する開口訓練器と開口度測定器(中・左)。ESD(内視鏡的粘膜下層剝離術)に必要な処置(洗浄・送水・色素散布、マーキング、切開、剝離)をトータルでサポートする「エンドセイバー」の最新型(下)
製品を市場に出すことで、わかってきたこともある。いくらよい製品ができたとしても、それが必ずしも売上に直結するわけではない、ということもその一つ。これを解決するために、企画の時点から販売会社に入ってもらって製品化したのが、吸引機能付き外科用電気メスプローブ「サクションボール・コアギュレーター」で、実際に山科精器の医療機器の中では最大のヒット製品となった。
「医療機器に関しては、まったくの素人の状態から参入したので、いまだに試行錯誤が続いていますね」と大日社長。「だけど、これまで続けてきて、製品や市場のことがだんだんわかってきました。製品がヒットする確率も、少しずつですが、上がってきましたよ」。
工作機械、熱交換器をはじめ、潤滑機器や省力機器など、手がける機械は多岐にわたる。
製品を市場に出すことに加え、学会の展示会に出展を重ねることで、ドクターや大学から相談を受けることも多くなったという。今後は、海外展開も視野に入れつつ、製品の数を増やしていくのが目標だ。
「私たちの価値は、大きなメーカーさんでは対応できないような、ドクターの細かいニーズにこたえられることだと考えています。製品は上市するというテーマは維持しつつ、バランスをとりながら、医療機器の事業を大きくしていきたいと思います。また、工作機械をはじめ従来の事業も医療部門の躍進に刺激を受けて、社内が活性化してきました。この流れを大切にしたいですね」(大日さん)
山科精器株式会社 滋賀県栗東市東坂525(本社・工場)
TEL: 077-558-2311 https://www.yasec.co.jp
文・山﨑隆一 写真・村川荘兵衛