1. 〔第14回〕有限会社 安久工機・医工連携を深め、自らも発信するものづくりへ

医療を支える日本のものづくり

〔第14回〕有限会社 安久工機・医工連携を深め、自らも発信するものづくりへ

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3,000社を超える町工場が集まるという東京・大田区。
それぞれの会社が得意分野や専門をもつ一大工場地帯だ。
安久工機(やすひさこうき)はなかでも特殊な専門性をもつ。それは、製品を作るのではなく、製品化前のプロトタイプを作るというもの。研究所や大学、企業からの依頼があると、企画・設計し、周辺の会社に協力を要請して部品の調達や組み立てをする。
試作を繰り返してできた作品が、他社で製品となる。
そんな安久工機がもつ強みの一つが、医療界とのつながりだ。

工場はワンダーランド

噴射された水膜が水面まで途切れないようにしたという噴水。

企業のイベント用に依頼されて作った自動シャボン玉製造機。

「これ、何だかわかります? 実は噴水なんですよ。父の知り合いの大学教授が噴水が好きで設計したものですが、かなり緻密な設計で、水膜が下まで途切れません。その先生は水膜の中に人が入れるほど大きなものを作って、入る前と後に脳波測定をして噴水のストレス軽減効果を測っていたようです」

ほかにも水圧を変えられる強力スプリンクラー、自動シャボン玉製造機、大学の研究室から依頼されたという、2つの支点があり予測不能な動きをする振り子などなど。そこから出てくる「もの」の数々はまるで漫画の世界から飛び出してきたようにミステリアスで、われわれの想像を超えるものばかり。こうしたものを考えつく人もすごいが、作る人はもっとすごい。町工場然とした安久工機の工場は決して広いとはいえないが、さながらワンダーランドの様相を呈している。案内をしてくれた田中隆社長は、2005年に先代の後を継いだ2代目だ。

実は、工場がそれほど大きくないのには理由がある。安久工機が事業の中心としているのは、試作機やプロトタイプの設計・製作。製品の大量生産の必要はないし、もし自社でできないことがあったら周辺の会社に協力依頼すればいい。安久工機があるのは東京都大田区。東京が世界に誇る町工場地帯なのだ。
「先代はことあるごとに『協力会社さんを大切にしなさい』と言っていました」と田中社長。「古くから付き合いのある会社さんは、今でも仕事の依頼をすると早めに仕上げてくれたりします。本当にありがたいですね」。

先代から引き継ぎ、より深化させた医療器具への取り組み

田中社長の父であり、安久工機の創業者である故・田中文夫氏は、やはり大田区の町工場に勤務していたが、1969年に独立した。「安久」という名前は、自身の出身地である宮崎県都城市安久町からとったものだ。
「父が独立前に勤めていた工場は、当時の北辰電機製作所と取引があって、父はそこで北辰の課長で研究者だった故・土屋喜一氏と知り合います。土屋氏はその後、早稲田大学理工学部の助教授になり、東京女子医大と共同で人工心臓の研究を始めました。そこで父は土屋氏に呼ばれて研究室の学生たちに図面の描き方などを指導したのです。そうして医療の世界とのつながりが生まれました。今でいう医工連携のはしりですよね」

研究に使う機械の製作などでも土屋氏とのパイプを強め、卒業生たちとの人脈も広がった安久工機。当時、田中社長自身は大学を卒業して安久工機に入社する前に外で修業することを決意する。せっかくやるのだったら医療面により深くコミットしていきたいと考え、選んだのは大阪にある国立循環器病研究センター研究所だった。そこには土屋研究室の卒業生の一人である梅津光生氏が在籍していたのだ。研修生というかたちで1982年から4年間、人工心臓の製作に関わったり、模擬循環回路の設計などを手がけた後、満を持して安久工機に入社した。 「梅津先生はその後、海外の研究所を経て早稲田大学に赴任されました。そこでまた研究用の機器の製作や試作で協力をさせていただくようになり、人工心臓関係のほか、再生医療の分野で使用する細胞培養チャンバーなども作りました。そして2005年からは梅津先生の勧めもあり、早稲田大学の社会人博士課程(生命理工学専攻)に入学し、6年かけて博士号を取得することができました」

大橋病院の尾崎重之教授(右)を訪ね、社長の田中隆氏(左)とともに医工連携の話を聞くことができた。

大学に通うことでさらに人脈が広がったのに加え、安久工機は機械の精度が高いのはもちろんのこと、医療の現場にも精通しているので仕事がしやすいという噂は、口づてでどんどん広がっていった。

そうして現在でもさまざまな依頼にこたえ、多くの製品を手がけている。なかでも特に注目されているのが、東邦大学医療センター大橋病院心臓血管外科の尾崎重之教授と共同開発した大動脈弁形成術のための弁尖寸法測定用器具「Ozサイザー」である。

心臓治療の未来を拓く「Ozサイザー」

心臓弁の動きを模した装置(右)に使用している、弁の役割をする道具。安価にものを作ることにも長けている。

尾崎教授は心臓の弁膜疾患の治療において、それまでの人工弁を使う治療法ではなく、患者自身の心膜を使って心臓弁を形成して移植する「自己心膜・大動脈弁形成術」を開発した。高価で拒絶反応の可能性もある人工弁を使うのに比べ、経済的にも負担が少なく、安全性の面でも高い結果を実証している画期的な治療法だ。2007年に開始して以来、世界的な広がりを見せている。

手術で心臓弁を取り除いたあと、弁のサイズを測るのにサイザーを用いる。器具は現在9サイズが作られており、弁の大きさによって使いわける。血管内が見やすいように角度がつけられている。

「Ozサイザーセット」のプロトタイプ。

「Ozサイザー」は、その手術時に弁葉の大きさを測る器具だ。弁を切った跡にサイザーを当ててサイズを決め、テンプレートに従い心膜を切って縫い付けるのである。
「心臓の弁は3枚ありますが、それぞれ大きさも違いますし、人によっても違います」と尾崎教授。当然、その形状も弁に沿ったものでないといけない。設計に関しては、やはり梅津研究室出身である東北大学の白石泰之氏に協力を仰いだ。「プロトタイプが最初にできあがってきた時点で、ほぼ自分が理想とするかたちでしたね。微調整はおこないましたが、基本的な設計は変わっていません」。

「自己心膜・大動脈弁形成術」は先にも触れたとおり世界的に広がっていて、尾崎教授も海外で指導をおこなったり、勉強会を開いている。この手術をおこなう医師誰もが自分と同じスピードとクオリティで手術できるようにするのが目下の目標だ。
「この器具も、使い方を指導していますし、自分だけが使いやすければいいというわけではないので、安久工機さんと一緒に考えながら、より使い勝手をよくしていくことが必要だと考えています」

積極的に提案し、ものづくりの確かな未来へ

試作品やプロトタイプに使用されたあらゆる部品がたくさん並べられている。
年間約300件の仕事の依頼があるという。


安久工機の工場内には大きなジグがいくつか設置されている。
ひと目ではそれが何をするものなのか想像がつかない。

「ただ言われたものを作っていればいい、というのはおもしろくないですよね。一緒に考えて工夫をしたり、提案をしていかないと。弊社は先代の頃からそういう姿勢で取り組んでいます」

田中社長は噛みしめるようにしてそう言う。安久工機がメインとするのは、先ほども触れたように試作機やプロトタイプ。いわば、絶えず何か新しいものづくりにチャレンジしていることになる。だからといって、何もかもイチから作るわけではなく、既製品で済む部品もある。そこは考えながら、顧客のニーズに合わせていくのだ。
「そして、今後はオリジナルの製品も増やしていきたいですね」

安久工機は医療系で注目を集めることが多いが、あくまでも「ものづくり」の会社。冒頭に出てきたように、実にいろいろなものを作ることができる。これまでの自社製品にしても、片手でコンパクトに折りたためるカラーコーン、インクの代わりに蜜蠟を使った視覚障がい者用の筆ペンなど、独創性に富んだものを生みだしてきた。2年前からは社長の子息である田中宙(ひろし)氏がメンバーに加わり、将来の戦略を立てている。
「私はそれまでソフトウェアの会社にいて、ものづくりに関しては修業中ですが、いろいろアイデアを温めています。大田区の町工場の技術力を結集して、いままでにないようなものを作っていきたいですね」(宙氏)

新しい時代に向けて、安久工機は着々と準備を進めている。

有限会社 安久工機 東京都大田区下丸子2-25-4
TEL: 03-3758-3727http://www.yasuhisa.co.jp
文・山﨑隆一 写真・中村ユタカ