1. 〔第13回〕株式会社 東海メディカルプロダクツ・家族への愛情が新たなビジネスを生みだした

医療を支える日本のものづくり

〔第13回〕株式会社 東海メディカルプロダクツ
家族への愛情が新たなビジネスを生みだした

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狭心症や心筋梗塞の処置に使用するIABPバルーンカテーテルはかつてすべてが外国製だった。そのため、日本人の体格に合わず、事故や合併症が起こることもあった。そこで、サイズ展開ができ、医療事故が起きにくく救急でも使用できるバルーンカテーテルを製造しようと、国産第一号を生んだのが東海メディカルプロダクツだ。
現在ではさまざまな血管内治療に使用するカテーテルを製造し、大きなシェアをもつ。これらの開発に至るまでには、ある家族の物語があった。

目標は10倍に設定せよ

話を伺った会長の筒井宣政氏。これまで愛知県の医療機器製造界のリーダーとしてさまざまな要職を歴任。2016年にEYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー世界大会で「優秀経営者」受賞。旭日双光章受章(2011年)。紺綬褒章受章(2019年)。柔道4段。

「今の若い人たちに言いたいのは、目標を高くもてということですね。
たとえば10のことをするために、目標を10に設定しても達成できるわけがない。私だったら、その10倍は頑張ることができますよ」

東海メディカルプロダクツを立ち上げ、率いてきた筒井宣政会長は、自信をもってこう言い切る。普通だったら、とんだ大風呂敷を広げているように聞こえてしまうかもしれないが、筒井会長が言うと、ずっしりと重みをもった言葉として伝わってくるのだ。そこには激動の時代を生き抜いてきた凄みが満ちている。
「私はそうやって、全額返済するのに70年かかるといわれた借金を7年で完済できたんですから」

大学卒業後、父親が経営する会社に入社し、自らも会社を動かす立場になったが、当時、会社は莫大な借金をかかえていた。会社が扱っていたのはビニール製のひもやテープなど。借金返済のため、新しい市場を探すなかで持ちかけられたのが「アフリカで女性が髪を結うビニールひもを作って売らないか、儲かるぞ」という話だった。
そこで早速試作品を作るも「現地で売ってくれる人がいない」という状況に直面した筒井氏は、考えた末に自分でアフリカに乗り込むことを決意し、結果として5年分の注文を受けて帰国することになった。商品はアフリカ数か国で大ヒットし、借金の返済にもつながったのだ。
「もう50年も前の話だけどね」と本人は笑い飛ばすように言うけれど、インターネットもないどころか、海外に行くこと自体が特別なことだった時代に、アフリカまで物を売りに行くことがどれだけ大変なことか。想像してもしきれないが、筒井会長のビジネスにかける熱い思いがひしひしと伝わってくる話である。

娘が命の大切さを教えてくれた

さて、筒井会長が東海メディカルプロダクツを設立した背景も情熱的なのだが、ここで特筆すべきは、ビジネスをも変える家族への深い愛情だろう。
「もういろんなところで話しているから知っていると思うけど」と断りつつも教えてくれたストーリーは、ただ美しい家族愛だけでなく、新たな道を切り拓く苦難に満ちたものでもあった。

1970年代の後半、先天性の心臓疾患であった次女を救うため、筒井会長は夫妻で全国の有名病院を訪ねてまわっていた。しかし色よい返事はもらえず、彼女が9歳のときに「手術は不可能」との最終診断を宣告されてしまう。それまで手術のために貯めてきた資金は、心臓病の研究施設に寄付することも考えたが、主治医から「人工心臓の研究をしてみませんか?」と話を持ちかけられた。
「びっくりしましたね。私は大学では経済学部にいましたし、妻は英文学の専攻。つまり医学に関してはまったくの素人なんですよ。果たしてそんな私たちで研究に参加できるのか。不安でいっぱいでしたが、でもイチから勉強しました。必死でしたよ」

本社内のクリーンルームでのバルーンカテーテルの最終組み立てと検品のようす。1本ずつ手作業で作られ、1セットずつ目視で確認していく。

彼らを支えたのは「人工心臓があれば娘を助けられるかもしれない」というかすかな望み。当初は個人レベルで研究を開始したが、手術のために用意した資金のほかに、公的な助成金を受けることもできるように設立した会社が東海メディカルプロダクツなのである。1981年のことだ。
「人工心臓は動物実験までなんとかこぎつけることができました。だけど、すでに何億円も投入しているのに、動物実験を終えるまでにさらに何倍もの資金が必要になることがわかりました。娘には申し訳ないけれど、これ以上は続けられないと判断しました。代わりに人工心臓で培ったノウハウを基にして、IABP(大動脈内バルーンパンピング術)バルーンカテーテルの開発にシフトチェンジしたのです」

IABPバルーンカテーテルは体格や血管の太さに合わせられるようL~SSのサイズ展開をしている。

当時、IABPバルーンカテーテルはすべて外国製。しかも、不具合も多かったのだとか。
「日本人のからだのサイズに合わなかったり、使用中にバルーンが破裂してしまったり、患者さんが合併症を引き起こすこともあったんですよね。私たちは『娘のからだに入れても安心できるもの』をめざして開発を続けました」

国産の製品を作るのが初めてなら、認可に関しても前例がない。筒井氏は厚生労働省(当時は厚生省)とともに基準を作っていく一方で、自社の製品には基準以上の厳しい耐久試験を課した。ビジネスである以前に「人の命を救うもの」でないといけなかったからだ。そうして東海メディカルプロダクツによる国産初のIABPバルーンカテーテルは1989年に発売された。
「最初は私が全国の病院をまわって販売し、売れるたびに娘は『お父さんはまた人の命を救ってくれたのね』と喜んでくれましたよ」

1991年にはIABPバルーンカテーテルの販売数は1500本にまで伸びたが、この年に筒井氏の次女は23歳という若さで帰らぬ人となってしまった。
「彼女のことは残念でなりませんが、1500人の命を救うのを見届けて、静かにこの世を去りました。最初は娘を救うために始めた事業も、今では『一人でも多くの生命(いのち)を救いたい』という理念のもとに製品の研究と開発を続けています。娘には命の大切さはもちろんのこと、実にいろいろなことを教えてもらいました」

ビジネスのスピードアップを図る イノベーションセンター「ミライ」

「地域未来牽引企業」に選定されたことをきっかけに新設したイノベーションセンター「ミライ」。

現在、東海メディカルプロダクツはIABPバルーンカテーテルのほか、PTCA(経皮的冠動脈形成術)バルーンカテーテル、PTA(経皮的血管形成術)バルーンカテーテル、マイクロカテーテルなども開発し、製品の幅を広げている。販路の拡大と製品の安定供給を実現すべく国外にも工場を新設した。そして、昨年は新たにイノベーションセンター「ミライ」をオープンさせ、それまで別々の事業所に勤務していた開発関係のスタッフたちを一か所に集合させた。
これで製品の開発から販売までのさらなるスピードアップが図れるわけだ。
「医療の世界は認可も含めると販売までの時間が長くかかりますよね。だけど、ドクターたちから『こんな製品がほしい』とリクエストをいただいたとして、それはつまり、今ほしいということ。ちょっとした時間のロスが、せっかく開発した製品のニーズを落としてしまう可能性もあるわけです」

主製品はIABPバルーンカテーテルに加え、PTCAバルーンカテーテル(冠状動脈に対し、開胸手術をせずに、狭くなった部分をバルーンで拡張して血管を形成し直す)、PTAバルーンカテーテル(手足の血管や腎動脈などの内臓血管、頭部の血管など、冠状動脈以外に用いる)、マイクロカテーテル(腫瘍への薬剤注入や血管塞栓術での治療に用いる)などがある。

「ミライ」の新設は昨年、同社が経済産業省の定めた「地域未来牽引企業」に選ばれてすぐに実行したのだという。筒井氏は大学時代には柔道のチャンピオンとして腕を鳴らしたというが、そこで培った勝負勘がビジネスの現場でも発揮されているのかもしれない。それは冒頭のアフリカの話も然り、なのだろう。

ビジネスに必要な決断力とスピード感、そして医療の根幹をなす「人の命を助けたい」という心。東海メディカルプロダクツでは、両者が歯車のようにかみ合い、未来に向かって力強く前進している。

株式会社 東海メディカルプロダクツ 愛知県春日井市田楽町字更屋敷1485(本社)
TEL: 0568-81-7954(代表)http://www.tokaimedpro.co.jp/
文・山﨑隆一 写真・中村ユタカ