1. 〔第12回〕株式会社 オーエックスエンジニアリング・こだわりのルーツはオートバイにあり

医療を支える日本のものづくり

〔第12回〕株式会社 オーエックスエンジニアリング
こだわりのルーツはオートバイにあり

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かつて、車いすのかたちはある程度画一的だった。
もちろん、病院内移動や介護等で使用される車いすは汎用性や機能性が重要である。
しかし、病院から出て、車いすを使って自力で生活するとき、そのスタイルは人それぞれで求める程度は違う。 自分の体形に合い、仕事や遊びに行きやすい車いす。
安全を確保しつつ、格好もよくて乗りたくなる車いす。アフターサポートが充実した車いす。
現在ではあたり前の価値観かもしれないが、それを実現させるために並々ならぬ独自性を貫いてきた会社がある。

先代の事故から生まれたこだわりの車いす

千葉の本社工場。ここでは競技用車いすを製作。日常用車いすは新潟の長岡工場で製作している。

こぢんまりとした工房で熟練の職人たちが生みだす古きよき佇まい。あるいは、人の命を扱う医療の最前線ならではの緊張感。そんな、本連載で訪れた数々の工場から感じられた雰囲気とは何かが違う。オーエックスエンジニアリング(以下、オーエックス)のきれいに整理された工場には、どこか垢抜けた空気が流れているのだ。オーエックスは、オーダーメイドに近いかたちで車いすを提供し、業界に新たな風を吹き込んだ会社である。

「スタッフには、車や自転車などを趣味にしている人が多いですね」とは、取材の対応をしてくれた石井勝之社長。そんな言葉からも想像できると思うが、オーエックスは、創業当初から医療関係に従事していたのではなく、オートバイのエンジンやパーツを開発する会社としてスタートした。

創業者の石井重行氏(勝之氏の父)はエンジニアとしてだけではなく、自らレースに出場したり、ジャーナリストとしても活躍するなど、オートバイに身を捧げた人だった。運命が変わったのは1984年。新型オートバイの試乗中に運転を誤って転倒してしまった重行氏は、脊髄を損傷し、車いすでの生活を余儀なくされてしまった。ここで氏が直面したのは、自分が乗りたいと思えるような車いすがないという事実だった。オーダーメイドで作っても、なかなか満足いくものができない。そこで、それまでバイクの世界に注いできたこだわりを、今度は車いすに向けることになった。つまり、自社で作ることにしたのである。
「だから、最初は父がほしい車いすを作ったんですよ。とくにマーケティングをするわけでもなく、こだわりだけでやった感じです」

そうして1992年、オーエックス初の車いす〈01 -M〉の販売が開始された。

車にあって車いすになかったもの

〈01 -M〉は、アルミ削り出しの部品を使用するなど、オートバイで培った技術を惜しみなくつぎ込んだ製品となった。といえば聞こえはいいが、実際のところは苦肉の策だった。
「最初の頃はパーツの業者さんとも取引ができなかったので、内製するしかなかったんです。でも『だったら自分たちが本当にほしいと思えるものを作ったほうがいいよね』とこだわりをもって作り込んでいきました。当時としてはかなりとんがっていたと思いますし、ここで弊社の独自性が生まれたと思っています」

上段に並んでいるのがモジュール形式の日常用車いす。カラーバリエーショは100色ほどある。
下段がバスケットやテニスなどの競技用車いす。

当時、オーエックスの車いすが画期的だったのは、モジュール形式を採用したこと。カラーはもちろんのこと、パーツごとにタイプやサイズを選べる。つまり、限りなくオーダーメイドに近いのだ。
「お客さまの体形はもちろん、どんな仕事をされているか、そして自宅にある自動車の車種まで、対話をしながらライフスタイルに合ったパーツを選んでいきます。車種までなんていったら意外に思うかもしれませんが、せっかく購入した車いすが積みにくかったらストレスになりますよね」

車いすは日常的に使うもの。乗って仕事や学校に行くし、遊びにも行く。いわば洋服のようなものでもある。だから、気に入って「これで外に出たい」と思えるものでないといけない。これはオーエックスが車いす事業を始めてからずっと抱きつづけている思いで、医療器具ではなく、オートバイという異業種から参入したからこそ掲げられるコンセプトだともいえる。無駄なものをそぎ落として機能性を追求した結果、シンプルかつスタイリッシュなデザインも手に入れたオーエックスの車いすは、他社の約2倍という価格ながら徐々にファンを増やし、取引先も増えていった。そして2000年にはテレビドラマのヒロインが使用していたことがきっかけでブレイク。一躍その名を知られるようになる。

工場内部。アフターサポートは基本的に代理店がお客さまを訪問するが、工具があれば自身で部品の付け替えなどもできるようにしているという。

販売台数が急激に伸びるなか、オーエックスはやはりオートバイでの経験をいかしたシステムを作りあげた。
「部品に不具合が起きてしまったときに替えのものをすぐに購入できるように、日本各地に支店を設けました。お客さまや販売代理店さんのアフターサポートをするんです。お客さま一人ひとりの仕様書はデータ化していて、連絡をいただければどの部品が使われているのかがすぐにわかるようにもしました」

「だって」と石井社長は続ける。「せっかく車やオートバイを買っても、近くに代理店がなくて修理もろくにできないなんて、ありえないでしょう? それと同じ感覚ですよ」

自動車やオートバイの業界ではあたり前でも、車いすの世界では斬新すぎるアイデア。今でこそモジュール形式の車いすは他社も製作するようになり市民権を得ているが、徹底したアフターサポートは、いまだにオーエックスだけがもつ強みである。

競技用車いすへの情熱と世界展開

レース用車いす
競技用車いすは図面作成から溶接、調整まで職人が担当する。一人のアスリートに対してどれだけ時間をかけて向き合えるかを強みにしている。

日常用のほかに、オーエックスが情熱を注いで取り組んでいるのが競技用の車いす。国枝慎吾(テニス)、上地結衣(テニス)、タチアナ・マクファデン(レース)をはじめ、サポートするのは国内外のトップ・アスリートたちだ。
「業種転換した頃には競技用車いすの製造販売を決めていて、1993年にテニス用車いすの販売を開始しました。弊社は車いすの業界では後発なので、他社と差別化するためという理由もありますが、世界的に見て、われわれの技術が現在どのくらいのレベルにあるのか、確かめられるという目的もあります」

競技用に関しては、国内ではいちばん力を入れているといっても過言ではないオーエックス。しかし、東京五輪を控え、他メーカーや異業種の企業も次々と参入し始めている現状に対してはどのように考えているのだろう。
「当然、大会は来年だから盛りあがってきていますし、弊社にとっても一つの集大成ではあるのですが、決してゴールではありません。あくまで通過点でしかない。その後も技術の革新をアスリートたちに還元する取り組みは続きます。また、トップ選手であっても、趣味でスポーツしている方であっても同じ材料、同じ工程で製造し、イコールコンディションにすることでスポーツをおもしろいものにできればと考えています。それはアスリートの皆さんにもお話して、賛同いただいたうえで共同開発をしているんです」

そして、いずれは国外で日常用の車いすを販売するという展望もある。

「国外の選手たちから『日常用の車いすは買えないの?』とよく言われるんですよ」と石井社長。すでにアジア地域では販売のための準備を進めているというが、欧米も含め、本格的に進出するにはもう少し時間がかかるようだ。
「ただ販売するだけだったらできるのかもしれませんが、先ほど申しあげたアフターサポートの部分。まずこのコンセプトをきちんと理解し実践してくれるパートナー探しが必要ですよね。それから、現地の人々の体格やライフスタイルをしっかりとリサーチし、ユーザーが求める製品を開発することでオーエックスらしさも出てくると考えています」

あくまでも自分たちのスタイルで。オートバイをルーツにもつ彼らは、こだわりとともに、世界へと走り出すタイミングをうかがっている。

株式会社 オーエックスエンジニアリング 千葉県千葉市若葉区中田町2186-1(本社)
TEL: 043-228-0777(代表)http://www.oxgroup.co.jp
文・山﨑隆一 写真・中村ユタカ