1. 〔第11回〕有限会社 一木医療器製作所・手術の現場で「当たり前のように」信頼される道具づくり

医療を支える日本のものづくり

〔第11回〕有限会社 一木医療器製作所
手術の現場で「当たり前のように」信頼される道具づくり

>>一覧はこちら

医療用の特殊なはさみを手づくりする町工場は都内だと数えるほどしかなく、その職人の数は総勢20人に満たないという。一木医療器製作所は、その町工場の一つである。
創業から70余年、はさみ、鉗子、メス、ピンセットなど多種を手がけてきた。
培われた長年の経験から、オリジナルの商品も生み出している。
一点一点、職人の手によって精密に作られるうえ、納品先の病院や医師の好みなどをも反映させるほどの技術と気配りは、安価な量産品がとって代わることができないものだ。

近しい関係の職人4人による小さな工場

東京都の都営地下鉄三田線・西台駅から歩いて数分。高層マンションの隙間にひっそりと建つ一軒家の裏側に、一木医療器製作所の工場がある。ここに越してきたのは約50年前、代表を務める一木正俊さんがまだ子どもの頃のこと。一木さんは2004年から創業者である父の後を継ぐ2代目だ。
「昭和12(1937)年、本郷にある医療機器製造会社に入社してものづくりの修業をした父は、戦後、兵役から戻ってこの会社を設立しました。私が生まれたときは北区の中里に工場を構えていたのですが、住宅地で金属をトンカンする音がうるさいということで移ってきたんです。現在の様子からは想像もつかないかもしれませんが、当時は周りに何もなくて。地下鉄もまだ通っていませんでしたし。中里ではお金を払って買ってもらったカエルが、ここにはあちこちにいて、子どもながらにびっくりしたのを覚えていますよ」

一木医療器製作所が作っているのは、はさみや鉗子、ピンセットなど。工場を覗かせてもらうと、10坪にも満たない小さな部屋に一木さんを含めて4人の職人が金属と向き合っている。実は、これが製作所の全社員。しかも、そのうち2人は一木さんの弟で、もう1人は一木さんが生まれた頃に入社した超のつく大ベテラン。一木医療器製作所の製品は、近しい関係の職人たちによる手仕事、そしてチームワークによって作られているのだ。

4名の職人がそれぞれの持ち場で作業にあたっている
先端コンマ数ミリという規定を意識しながら、左右の刃の合わさり具合を金槌で調整する。

「型抜きと研磨の作業は協力会社にお願いしています。そのほかの工程と仕上げは弊社でおこなうのですが、すべてが手作業なんです。だから機械の導入といった設備投資はほとんどありません。金槌などの工具も、自分が何十年と使ってきたもののほうが使いやすいから、新しいのを買ったところで結局使わないんですよね」

なるほど、お世辞にも広いとはいえない工場内がやけにすっきりして見えるのは、グラインダーを除いて機械らしい機械が見当たらないから。そこで作られる製品は、そのすべてに量産品にはない気品と、生命を扱う現場で使われる道具ならではの凄みが感じられる。
「たとえば、はさみ一つとっても、量産品だったら右と左の刃はどのパーツを組み合わせても同じ製品ができると思うんです。でも弊社で作るはさみは『この組み合わせで作る』と決めたらその一対での整合性をとことん突き詰めていくので、同じパーツでもほかの組のもの同士だと絶対にかみ合わないんですよ」

「何も言われない」のがよい製品である証拠

「私は20歳のときに入社したのですが、最初に担当したのはできあがった製品の配達とか協力会社とのやりとりなど。職人としての修業が始まったのはそのあとでした」

一木さんが任されたのは、父がおこなっていた最終調整の工程。そこで一木さんが直面したのは、古きよき職人の姿だった。
「私が調整したものを父がチェックして、出荷できるものとそうでないものとに振りわけていくのですが、父は何も言わないんです。何がよくて何が悪いのか、その分別に関して触れることなく黙々と作業を続けていく。だから、こちらはとにかく見ているしかない。ダメだった製品を見て、どこがいけなかったのかを自分で考えるんです。まさに『見て覚えろ』という職人の世界を父は体現していました」

医療で使われるはさみ類。現在は使われていないものも含め500種類ほどある

そしてもう一つ、先代が残した職人らしさがある。それは、製品の設計図に関してだ。
「父は10年以上前に亡くなりましたが、図面を全部ここに入れて持って行ってしまいました」と一木さんは頭を指して苦笑い。一木医療器製作所には設計図が1枚もないのだ。「弊社は今まで500~600種類の製品を作っていると思いますが、どれも図面ではなく製品見本を見て作っているんです。しかも、同じ製品でも納品先の病院や、先生の好みが違うので、そこも考慮して調整しています」

まさにオーダーメイドともいえる製品づくり。小さな工場だからこそできる気配りだ。改めて「よい製品とは?」と一木さんに訊ねると、これまた職人的な答えが返ってきた。
「医師が黙って使ってくれるものですね。はさみでいえば、医師にとっては切れるのが当たり前。つまり、よくて当然なんです。だから『これはいいはさみだね』なんて褒められることはありません。その代わりに次のオーダーが確実に入ります。逆に、切れなかったら必ずクレームの声が届く。だから何も言われないほうがいい製品なんです」

写真は脳外科用のマイクロ剪刀。

一木医療器製作所の主力製品には、脳外科や心臓外科の現場で使われるものが多い。だからこそ、なおさら精度の高い製品が求められる。
「私も手術に立ち会わせていただく機会があるのですが、人のいのちを扱う現場を目の当たりにするたびに『気を抜けないな』と身が引き締まる思いになりますね」

医療器具ができる現場をもっと見てもらいたい

赤ちゃん用爪切り「FUTABA」。安全で、深爪を防ぐように作られており、何世代にもわたって使用できる。2015年板橋Fine Works認定対象製品。

さて、一木医療器製作所の製品には、一般の消費者の関心を集めているものがある。それは、赤ちゃん用の爪切り。ともすると自分の爪で皮膚を傷つけてしまう恐れのある乳幼児にとって、安全に使える爪切りは必須のアイテムだ。
「弊社の爪切りは何十年も使えるものなのですが、なぜか病院から追加のオーダーがあとを絶たないんです。どうやら、退院する際に『欲しい』という親御さんが多いらしいんですよね。そこで、卸しではなく、自社のウェブサイトから直接購入できるようにしたんです」

「栴檀(せんだん)は双葉より芳し」という諺からとって「FUTABA」と名づけられたこの爪切りは、半世紀以上にわたり医療の現場を支えてきた技術の粋が詰め込まれた製品として、静かなヒットを続けている。
「今後、こうしたB to Cの製品を増やしていけたらおもしろいかなと思います」と一木さん。「たとえば生活のふとしたところで役に立つ、かゆいところに手が届くような万能ばさみとか。そういうものができたら、ものづくりに興味をもって職人を志す若い人も増えるんじゃないかと思うんですよね」

冒頭で触れたとおり、一木医療器製作所は4人のベテラン職人による小所帯。つまり、若い後継者がいないのだ。「自分の代で会社が終わってしまっても、それは流れだから仕方がない」と一木さんは穏やかに笑うけれど、手術の現場で頼りになる道具が減ってしまうのは医療界にとって喜ばしいことではないはずだ。
「以前、『学会で紹介するから』と弊社の工場をビデオで撮影された医師もいらっしゃいましたけど、こういう場所で汎用のきかない精密な医療器具が作られているんだということをもっと知っていただきたい気持ちはあります」

手術の現場で「当たり前のように」信頼される道具づくり。一木医療器製作所が担う仕事は、これからもたくさんある。

有限会社 一木医療器製作所 東京都板橋区蓮根3-9-13
TEL: 03-3966-1005 http://www.ichiki-medic.com
文・山﨑隆一 写真・中村ユタカ