1. 〔第10回〕株式会社 愛和義肢製作所・義肢装具士の技術と専門性を世の中に還元したい

医療を支える日本のものづくり

〔第10回〕株式会社 愛和義肢製作所・義肢装具士の技術と専門性を世の中に還元したい

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義肢のなかでも、義指、義手に特化する愛和義肢製作所。
全国に数多くある義肢製作会社のなかでも、メディアで紹介される機会が多い会社である。
これまで、既製品を使用するほかなかった義肢だが、愛和義肢製作所では一人ひとりと対面し、その本来の指、手がどんなものなのかを考えて製作。フルオーダーメイド義手の先駆けとなった。近年では可動式義指である「X-Finger®」の正規製造元としても始動。必要とする人の、さまざまな要望にこたえている。

義肢づくりにおいて本当に難しいこと

昔ながらの家が残る閑静な住宅街のなかに事務所を構えている。

東京・練馬区の住宅地の一角に事務所と工場を構える株式会社愛和義肢製作所。2004 年、「以前は倉庫として使われていた」という建物の1階で設立し、以来「アパートだったところをそのまま工房にした」という2階部分へとスペースを広げた。そして来年にはさらに新しい社屋を追加する予定なのだという。

「今後はISMSの構築や運用、ISO27001の取得をはじめとした情報セキュリティへの対策は必須ですね。病院とカルテのデータをやりとりする機会も多くなると思いますし、弊社は近い将来、指紋も取り扱うことになると思いますので」とは、創業者である社長の林伸太郎さん。 「そうした準備は、新社屋を建て、作業の動線づくりなどと一緒に、全体的に進めないといけないと思っています」

写真は肘から先の義手。依頼者には3回会うという。最初に話を聞き、採型などをする。2回目には、形にし、色をつけたものを一度着けてもらい、違和感や適合を確認。3回目には新たにもう一つ作る。そうすると要求に近づけることができる。

愛和義肢製作所の名を世に知らしめたのは、顧客本人からデータを取って製作する、まるで本当の手や指のように見える精巧な製品づくり。簡単に説明すると、例えば右手の親指を作るとしたら、その人の左手の親指の型を取り、それを反転させて作り込んでいく。微細な皺や血管が浮き出る様子も再現するほどの念の入りようで、まさにその人の表情をもった義手や義指ができあがるのだ。サンプルを見せてもらうと、色も驚くほどにリアルで、本当に血が通っているのでは?と思えるほどの完成度。確かに「今後は指紋を取り扱うことになる」という言葉にもうなずける。
「だけど、本物みたいに作るだけだったら簡単なんですよ」と林さんは笑う。「それを『自分の手だ』とか『お父さんの手だ』、『息子の指だ』と受け入れられるようにするのが難しいんです」

着色用シリコン素材のパレットが各デスクに並んでいる。

工房内を見学させてもらうと、作業員たちの前には顧客の手だけではなくスナップ写真なども置かれている。「われわれが作るのは手や指なんだけど、そのためにはその人を知らないといけない。手だけ見てもだめなんです。その人の背景も理解したうえで何を提供するのがベストか判断し、問題の解決につなげていかないと。そのあたりはドクターの皆さんと同じなのでは、と思います」

技術をすべて公開する理由

フルオーダーメイドの義肢を作りたい―。義肢装具士の資格を取得し、老舗の義肢製作所に入社して4年半、独立を決意した林さんの胸にあった思いは、裏を返せば、当時の義手の世界への問題提起でもあった。
「医療が細分化するなかで手外科が出てきたり、マイクロサージャリーの発達によって、昔だったら切断でしか対処のしかたがなかった怪我でも、手を温存することができるようになりました。だけど、義手の分野はどうかというと、ずっと既製品が主流で、医療界の流れに追いつこうともしていませんでした。『なんでみんな作らないのだろう』と単純に思ったんですよね」

義手の型取り後に色つけを重ねて作り込む。メンテナンス等もおこなうので、義手のユーザーとは長い付き合いになるという。

そうして愛和義肢製作所を設立し、試行錯誤を繰り返しながらも自らの理想とする義肢づくりを追究しつづけた林さん。その努力が実り、製品が認められはじめた頃、マイクロサージャリーの著名な医師が彼のもとを訪れた。 「その先生は手の専門医で、義手という選択肢にも肯定的でした。だけど『国内には患者さんのニーズにこたえる義手がない』と。そんな折にたまたまうちの義手をつけた患者さんに会って、興味をもってくださったんです。それで『僕は世界中のいろんな義手を見てきたけど、これだったら大丈夫。僕の患者さんのは林君が全部作ってよ』とおっしゃってくださって」

加えて、こんなひと言も。 「『人に技術を伝えるにも時間がかかる。だから早く後進に教えなさい』と言うんです。最初は『えっ!?』と思いましたね。『せっかく身につけた技術を人に教えたら、自分の仕事がなくなっちゃうよ』って。当時は『自分にしかできない義肢を作ってやろう』という気持ちしかありませんでしたから」

結果として、現在、愛和義肢製作所はすべての技術を公開している。核となる技術は企業秘密とすることが当たり前のように考えられている現代において、これは特筆すべきことだ。 「やってみてわかったんですけど、技術を公開することで、減ると思っていた仕事は逆に増えたんですよ。不思議ですよね」と林さん。またこの時期、彼のなかでさらなる心境の変化が起きたという。

従業員は20名。林さんの前にある縦長のロール紙は「社長ノート」。
従業員でも見られるよう常に公開している。

「その頃、テレビ番組の取材を受けて、注文がたくさん入ったんです。うちだけじゃ追いつかないぐらい。そこで感じたんです。『ここで自分がいなくなったとしたら技術も途絶えてしまうし、それはユーザーさんにとってもよくないことだ』と。考えてみれば、医療の世界でオペの方法が企業秘密だなんてありえないでしょ?義肢装具士は国家資格。自身のもつ専門性や技術を国民の皆さんに還元しないといけないんです。当然、うちは会社だからお金のことも考えなければならないけれど、それ以上にユーザーのために何が必要なのかを考えて、業界全体の技術向上をめざすのが本来の姿だと思いますね」

業界全体の未来を考えて

「地方にお住まいの方だったら、義肢を作るのにわざわざ東京まで来なくても、ある程度の地域内で完結できるのがいいはずです。メンテナンスも必要ですし。地域に根づいた義肢装具士がいるというのが理想ですよね。そのためにも技術は共有しないと。誰かが突出したらみんなで教えてもらえばいい。そういうことを重ねていかないと時代の流れについていけないと思います」

X-Finger®の完成品。現段階では、キーボードを打ったりといった比較的軽い運動が可能になる。

さて、時代の流れといえば、現在、愛和義肢製作所が取り扱っているブランドに、アメリカのデイドリック・メディカル社が開発したX-Finger®という新しい製品がある。電気の力を借りることなく随意運動ができるという画期的な義指だ。これを見つけて「すごい!」と思った林さんはすぐさまアメリカに連絡をとり、X-Finger®の製作を担うことになった。 「最初は輸入して日本で販売しようと考えていたのですが、そのためにはいろいろな壁があり……、だったらうちが製作することにしよう、と。そうすれば日本仕様にもできますし、ドクターの現場にもすぐに対応できますから」

X-Finger®の設計図。日々、改良を重ねている。

国内生産にすることで品質や精度を上げ、さらに部品は可能な限り量産することでコストを抑え、〈平成30年度厚生労働省完成用部品〉にも登録された。ほかの義肢製作会社から問い合わせがあれば実際に赴いてレクチャーをするなどしてX-Finger®を広めている。
「X-Finger®に関しては、やっとスタートラインに立った感じですね」という林さん。「現状のX-Finger®は指が曲がるだけ。もちろんそれだけでもすごいことですが、今後は曲げた指をロックして重いものを持ち上げられるとか、さらに進化したバージョンを作っていこうと話を進めています。課題はたくさんありますが、誰かがやらないと始まらないですし」

すべては、義肢装具士としての技術や専門性を、必要としている人に還元して問題解決の手だてとするため。そして、ここ数十年の間に開いてしまった医療と義手の間の差を縮めて業界全体を前に進めるため。林さんの目は、いつも未来に向いている。

株式会社 愛和義肢製作所 東京都練馬区栄町19-1
TEL: 03-5999-1515 https://aiwa-gishi.jp
文・山﨑隆一 写真・中村ユタカ