1. 〔第9回〕株式会社セルシード・再生医療という“道なき道”を細胞シートで切り開く

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〔第9回〕株式会社セルシード・再生医療という“道なき道”を細胞シートで切り開く

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最近、iPS細胞の臨床研究計画が話題になった。「再生医療」が本格化に向けて徐々に進展しているのである。
その「再生医療」の研究にかかわっておよそ20年、医工連携の間に入り独自の「細胞シート工学」を用いながら事業を展開する企業がある。
株式会社セルシードは、培養した細胞を破壊することなく回収する容器を開発し、研究機関に提供。そして今度は、できた細胞シートを実用化するという新しい取り組みと体制に向け歩みはじめている。

細胞を培養する現場

細胞培養センター内の細胞操作室で作業をするスタッフ。外部からはモニターを見ながら連携する。

細胞操作室を映し出すモニター

東京臨海副都心の要、テレコムセンターの一画。今回取材した株式会社セルシードは、無停電と耐震で知られるこの建物に、一昨年オフィスを移転した。「このビルのテナントはどちらかというとIT企業などのイメージが強いですよね」と、案内をしてくださった橋本せつ子社長は笑うけれど、ここを選んだのは、もちろん理由があってのこと。
「私たちは24時間、温度や湿度、空調をはじめ環境をコントロールし、かつ機械の稼働状況をモニタリングしないといけませんから、停電だけは絶対にあってはならない。ここでしたら自家発電装置も備わっていますし、よい条件が揃っていたのです」

同社がオフィスに加えてこのビルに置いたのは「細胞培養センター」だ。セルシードは、再生医療で用いられる細胞シートの研究をおこなっている会社なのだ。細胞培養センター内部は厳重な衛生管理がなされていて、取材スタッフはモニターで作業の様子をうかがうことしかできなかったが、センター内で手際よく作業をする従業員の動作の一つ一つが、医療の最先端をゆく現場ならではの緊張感を伝えているかのようだった。

さて、細胞をシート状に培養すること自体は、再生医療に注目が集まる近年において、さほど珍しいものではない。しかし、培養した細胞を回収する方法に、セルシードがひときわ輝きを放つ理由がある。
「細胞を培養する技術はここ数十年でかなり進んできていますが、培養した細胞を回収し、患者さんに投与できるようなかたちにするまでが難しいのです」と橋本社長。

「一般的には培養皿に細胞を播いて、温度を人間の体温と同じ摂氏37度に保って培養していきます。そして、培養した細胞を回収するのですが、細胞はほとんどの場合、培養皿の底に張り付いてしまっているため、その表面から物理的にはがす方法や、あるいはトリプシンという酵素を用いて細胞の外側のタンパク質を少し壊して取り出す方法が一般的でした。しかし、それでは細胞が傷ついてしまったり、隣り合う細胞が離れてしまったりするため、本来の機能を必ずしも発揮できない可能性があるのです」

シート状に培養した細胞を、そのまま回収するにはどうすればいいか。その問題に対する画期的な解決法であり、セルシードの基盤技術でもあるのが、岡野光夫氏(東京女子医科大学名誉教授・特任教授)が発明した「細胞シート工学」だ。

セルシードの基盤技術である「細胞シート工学」とは

培養皿からはがした細胞シート。
厚さは約0.2ミリ。(写真提供:セルシード)


多様な研究に合わせた細胞をつくるため、培養器材の種類もさまざまに開発されている。

まず、細胞シート工学がどのようなものか、簡単に説明しよう。

培養した細胞を、傷つけることなく回収するために岡野氏が考案したのが、温度応答性ポリマーを用いた細胞シート工学。このポリマーは摂氏37度では20ナノメートルの厚みをもっており、疎水性である。しかし摂氏20度ぐらいまで下がると60ナノメートルにまで伸び、親水性となる。このポリマーを培養皿に敷くとどうなるか。摂氏37度で細胞を培養し、コンフルエントになった(飽和した)状態で摂氏20度まで温度を下げれば、シート状になった細胞が浮きあがるように培養皿の底から外れる。つまり、外部から力を加えたり酵素を使ったりすることなく、温度変化だけで細胞シートを無傷の状態で回収できるのだ。この場合、細胞は細胞外マトリックス(細胞と細胞の間を埋める物質)を保持しているため、移植の際には縫合も必要なく、シートを何枚も重ねて重層的な組織をつくることも可能だ。一枚のシートの厚さは0.2ミリほどである。

「早稲田大学理工学部出身でバイオマテリアルを専門とされる岡野先生は、医療の現場で応用できる素材の開発を長年にわたって研究されています。彼は東京女子医科大学と早稲田大学がつくった医工連携研究ラボ〈先端生命医科学研究所〉(※)の所長も務めたのですが、このラボがなければ細胞シート工学はできなかったでしょう。そして、この技術を事業化するために岡野先生が当社の創業者とともに設立したのがセルシードなのです」

2001年の設立以来、セルシードの売り上げを支えてきたのは、細胞シート培養器材の製造と販売。研究用のツールとして、シャーレ型からフラスコ型まで、研究の内容に応じてさまざまなタイプの器材を用意している。2010年にはJASDAQに上場も果たした。

そして、次を見据え、橋本社長も「これが本命」と言い切るのが、細胞シートを実際の治療に活用すること。つまり、再生医療に使える製品の開発だ。

※先端生命医科学研究所
東京女子医科大学と早稲田大学による、医学と工学にまたがる研究拠点。2000年に正式な学術交流協定を締結し、2008年に研究施設〈TWIns〉が創設された。生命科学、医学、理工学、生物学など多岐にわたる研究がおこなわれている。

前例なき世界のパイオニアをめざして

細胞シートの採取は自家細胞(上)と他家細胞(下)がある。軟骨には血管がないため他家細胞でも拒絶反応が少ない。ストックもしやすくなるため、他家の安全性の研究が進められている。

食道再生上皮シート移植用の特殊なデバイスも開発。風船が膨らむとシートが食道に張り付くしくみ

「再生医学の基礎研究を医療現場に届けるため、前例のないチャレンジをしています」と橋本社長。

「現在、実用化に近づいているものが二つあります。一つは食道再生上皮シート。内視鏡による食道がん切除後の創傷治癒の促進と、食道狭窄の抑制をめざすものです。もう一つは軟骨再生シートで、変形性膝関節症の根本治療に役立てます。どちらも大学での研究成果を受けてセルシードが開発を手がけていて、とくに食道再生上皮シートは厚生労働省が定める〈先駆け審査指定品目〉に指定され、2019年の販売承認をめざしています。また、ヨーロッパではスウェーデンに支社を設立し、昨年には台湾の企業と提携するなど、海外での展開も進めています」

と、こうして要点だけを挙げていくと、あたかも順風満帆のように思えるけれど、実際は課題も多い。何しろ、再生医療は産業として未開拓の領域。何もかもが前例のないことなのだ。
「まだまだ改良や研究の余地がたくさんあるんですよ」と橋本社長はしみじみと語る。「細胞シートを保存する方法、病院に輸送する方法、そして患者さんに移植するデバイスなど。とくにデバイスについては、移植する箇所によってそれぞれ違うものを開発する必要がありますし、ここでも共同研究先との連携が欠かせません。移植する細胞にしても、自家細胞がいいのか、他家細胞でも大丈夫なのか。ES細胞やiPS細胞の可能性も研究の途上にありますから、本当に初めてのことばかりなんです」

しかし、そんな「道なき道」を切り開くことこそが、橋本社長の真骨頂。
「私は2014年にセルシードの社長に就任する前は外資系の製薬会社や研究用機器メーカーにいたのですが、そこでも私の仕事はあまり前例のない新しいことばかりでした。だから、これは私の天命なのでしょう」

現在の研究は食道と軟骨が中心だが、細胞シート工学は歯科、耳鼻咽喉科など、どの部門にも応用可能な汎用的技術となりうるもの。
「それぞれの分野の専門知識をもち、医師の皆さんからニーズを探り、大学病院とも連携しながら研究を続けていく必要がありますね」

セルシードでは、今後も再生医療のパイオニアとなるべく、新たな道にチャレンジする毎日が続く。

株式会社セルシード 東京都江東区青海2-5-10 テレコムセンタービル東棟15F
TEL: 03-6380-7490 https://www.cellseed.com
文・山﨑隆一 写真・中村ユタカ