1. 〔第8回〕株式会社メトラン・子どもを愛する気持ちが技術を向上させる

医療を支える日本のものづくり

〔第8回〕株式会社メトラン・子どもを愛する気持ちが技術を向上させる

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1分間に900回という細かい振動で空気を送り込む特殊な技術で、新生児の肺の負担軽減を可能にする人工呼吸器「ハミング」シリーズ。
国内で製造される唯一の新生児用であり、新生児集中治療室のほとんどで採用されている。
この機器を中心に、さまざまな人工呼吸器を開発・製造している株式会社メトラン。
高い技術力とノウハウの結晶は、世界各国からの信頼も厚い。

世界に認められたHFO

ベトナム工場で働くスタッフのうち数名が、現地の休日に川口本社で研修を受けている。

アメリカで採用された初期のHFOV小児・新生児用人工呼吸器〈ハミングバード〉。

〈ハミングバード〉2号機。

埼玉県川口市にある株式会社メトランの工場を見学すると、数人のベトナム人スタッフの姿があった。
「弊社はベトナムにも工場があって、そこでは各ユニットの製作やソフトウェアの開発も一部、手がけています。そして最終的な組み立てをこの川口の工場でおこなっています。この時期はベトナム工場が旧正月で休みなので、その間、何人かのスタッフが研修に来ています」

取材に伺ったのは2月中旬、応対してくださったのは2代目社長の中根伸一さんだ。日本で唯一、HFO(High Frequency Oscillation/高頻度振動換気法)を採用した新生児用の人工呼吸器を開発・製造しているメトラン。創業者で会長のトラン・ゴック・フック(Tran Ngoc Phuc:新田一福)さんはベトナム出身。日本の大学に留学し、卒業後に企業研修を受け、日本の医療機器メーカーに勤めた後、メトランを創業した。そんなフック会長にとって、ベトナムの工場は自分を育ててくれたベトナムと日本の“2つの祖国”をつなぐ架け橋的な存在なのだろう。

メトランの創業は1984年。南ベトナムから留学し日本で働いていたフックさんだが、研究開発を自由におこないたいとの思いから起業を決意した。
「人工呼吸器そのものは、もう100年も前からあるものですが、従来方式は自然呼吸と同じように“呼吸1回分の空気”を肺に押し込みます。この方式では、まだ肺が発達していない未熟児にとって、肺の負担が大きくなります。また、換気が足りない場合は肺に入れる酸素の濃度を上げていくのですが、濃度を上げすぎると、未熟児の場合は失明してしまうなど、悪い影響が出る可能性が高まります。つまり、未熟児が生まれた場合は、そのような二次的影響も覚悟する必要があります」

そこで、未熟児のために考案されたのがHFO。1回にごく少ない量の空気でも、高頻度で送ることで発生する圧力振動が、ガスの拡散効果を高め、肺への酸素供給と肺胞内の二酸化炭素の排出がおこなえる。HFOは肺への負担を軽くすることと効率的な換気を両立できる。1984年にアメリカ国立衛生研究所(NIH)がHFOの有効性を検証する大がかりな臨床試験をおこなうことになり、世界の名だたる医療機器メーカーに臨床試験で使用するHFO人工呼吸器を依頼。その結果採用されたのが、フックさんが開発したHFO人工呼吸器〈ハミングバード〉だった。

265グラムの未熟児も救う高い精度

油を使わなくてもスムーズに動作するピストンと内部。ピストンのストロークは最小で16μm(16/1000mm)の幅を1分間に900回往復する。

〈ハミングバード〉は毎分900回もの頻度で非常に少ない量の空気を送る。その機構は従来の人工呼吸器の技術を応用して作ることはできず、フックさんはゼロの状態からリニアモーターとピストンを使ったHFOを開発し、その精度が評価されたのである。
「〈ハミングバード〉が臨床試験用に採用され、84台もの発注がアメリカからありました。そこまでは良かったのですが、創業直後のメトランでは84台の人工呼吸器を作る資金も人も設備も不足していました。この窮地を救ってくれたのが、フックが以前勤めていた医療機器メーカーや一緒に研究していた医師たちでした」

〈ハミング ビュー〉ではHFO以外の換気モード機能も向上。従量(VC)、従圧(PC)に加え、圧補正による従量式換気機能(VA)もあり最適な呼吸管理が選択できる。

メトランのHFO人工呼吸器は日本国内でもその効果が評価され、現在は主な大病院(総合周産期母子医療センター)のほとんどの新生児集中治療室(NICU)に導入されている。そのことが新生児の生存率を上げることに貢献しているのは言うまでもない。過去には265グラムの体重で生まれた未熟児を救うことにも成功していることが、その技術力の高さを物語る。
「フックが開発したHFOの機構は、絶えず改良を重ねています。空気を肺に送り込むピストンをどう動かすか、その制御法がポイントなのですが、現在は16マイクロメートル(髪の毛の太さの5分の1)という非常に細かい単位でピストンの動きを制御することで、出生体重が500グラム以下の小さな赤ちゃんにも対応できます。

また、赤ちゃんの肺の中に入る空気を扱うのでピストンに潤滑油は使えませんし、感染を防ぐためにからだから出てきた空気を漏らすこともできません。そのため微細な機構をたくさん入れているのですが、この技術をほかのメーカーさんがコピーするのは難しいのではないでしょうか」

現在では新生児のみならず成人向けの人工呼吸器にもHFOの技術を採用している。

HFOを必要とするドクターはまだまだいる

メンテナンスや消耗品の交換も自社でおこなう。工場内で最終チェックを待つ呼吸器は、カザフスタンやトルコでも使用される。

タッチパネルのモニターを採用した高頻度人工呼吸器〈ハミングX〉。

さて、HFO人工呼吸器の出現により、日本の新生児の生存率は世界一といわれるまでになった。先日、ユニセフが発表した世界各国の新生児死亡率(出生後4週間未満)を比較する報告書でも、日本は1000人中0・9人と最も低い。しかし、最も高いパキスタン(1000人中45・6人)をはじめ、まだまだ未熟児を救う術が少ない国が存在するのも事実。そうした国々に向けて、商品だけでなく使い方のサポートをすることも重要と中根社長は考えている。
「とくに発展途上国ではHFOの普及率はまだまだですし、臨床面のノウハウがない国も多いのが現状です。例えば赤ちゃんが700グラムで生まれたら、助けようとしない国もある。弊社ではJICA(国際協力機構)のスキームを利用してメキシコと日本の医療交流を開始していますが、それ以外の国のドクターから『日本のようなやり方を取り入れたいから、ノウハウを教えてほしい』といった連絡をいただくこともあります。ビジネス的にいえば、正直大きな利益にはならないので大企業だったら対応できないかもしれませんが、弊社は小さな会社なので、できる限りサポートするようにしているんです」

さまざまな問い合わせにフットワーク良く対応するのは、ただ企業の規模によるものではない。「私も子どもをもつ親ですから」と中根社長は言葉を続ける。
「どの国でも、親が子どもを愛する気持ちは変わりませんよね。生まれた国の違いによって助かるいのちも助からなくなるのは悲しい、と思います。だからサポートするんです。HFOを必要としているドクターは、まだまだたくさんいますから」

社員に求めるものも、技術や言語の能力以前に「心」が大切、と中根社長は言う。

「大切な赤ちゃんを助けるための機械を作っているので、それなりの緊張感、そして心が大切な仕事なのです」
高い技術力の裏には、人の生命を尊ぶ気持ちがあるということを、改めて教えていただいた。

株式会社メトラン 埼玉県川口市川口2-12-18(本社)
TEL: 048-242-0333 http://www.metran.co.jp
文・山﨑隆一 写真・中村ユタカ