1. 〔第7回〕三鷹光器株式会社・医療を変えた宇宙開発の技術

医療を支える日本のものづくり

〔第7回〕三鷹光器株式会社・医療を変えた宇宙開発の技術

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ブレなく正確、野外での長時間耐久、そして高精度を維持する巨大な天体望遠鏡。月探査機「かぐや」や火星探査機「のぞみ」に搭載する観測機器などの製作。超精密加工や半導体分野で広く普及する測定技術「ポイントフォーカス法」。
これら天文分野から産業機器まで展開する三鷹光器の技術は、脳外科やマイクロサージャリーに用いる手術用顕微鏡や手術支援装置にも応用され、世界中で利用されている。

世界最小針とのコラボレーション

寸法や形状、荒さなどを1nmまで測定できる高精度の非接触三次元測定装置。寸法や形状、荒さなどを1nmまで測定できる高精度の非接触三次元測定装置。指紋や髪の毛、砥ぎ面やハンダの体積など超微細部分の形状を測定する。産業機器として利用されている。

本誌バックナンバーをパラパラとめくり、河野製作所(DtoD No.28)のページで「河野さんだ」と手が止まった。
「河野製作所さんが世界最小の30ミクロンの針を製造した時にも、その針を使うための手術用顕微鏡をわれわれが手がけたのです。普通、顕微鏡といえば、対象物をガラスで挟んで、近くで拡大して見るものですよね。でもわれわれが作るのは、30センチくらい離れたところからでも、細い血管の中を血液が流れているのが見えるくらいのものです。そのくらいの距離を置かないと、手術できないでしょう?」

三鷹光器株式会社の2代目社長、中村勝重氏は、笑みを絶やさず、穏やかに話してくれるが、その内容は想像を絶するようなことばかり。それもそのはず、三鷹光器は天体望遠鏡をはじめ、宇宙開発のための機器の開発・製造で世界のトップレベルを走ってきたメーカーで、同社の機器の精度はNASAからも信頼され、スペースシャトルに搭載されたほど。そして、宇宙開発で培ったその技術力が、現在は医療機器としてもいかされているのだ。
「針を作る職人さんは、『この顕微鏡を使って30ミクロンの針を製造したかった』とおっしゃっていましたよ」と笑う中村氏。肉眼では見えない世界を見えるように。そして、縫えないものを縫えるようにする。それまでの限界を超えるべくおこなわれた両者のコラボレーションが、高いレベルだったことを物語る言葉である。

出発点は、天文台の望遠鏡

スペースシャトル「コロンビア」に搭載された高感度テレビカメラ。スペースシャトル「コロンビア」に搭載された高感度テレビカメラ。

中村氏の兄、義一氏が三鷹光器を設立したのは1966年のこと。父は、1924年に麻布から三鷹に移転した国立天文台の立ち上げメンバーだったこともあり、中村氏も子どもの頃からよく天文台に遊びに行ったという。
「天文台には当然ながら本物の天体望遠鏡がありました。レンズの直径が65センチもあって、重さは300キロある。子どもからしたら、まるでティラノサウルスのように大きくて、いつも見上げていましたね」

そんな環境で育った兄弟が、天文機器を製作する会社を設立したのは当然の流れだったのかもしれない。1960年代から80年代にかけて、彼らが製作した望遠鏡やカメラ、観測・測定装置は、前述のようにスペースシャトル「コロンビア」に搭載されたのをはじめ、南極でのオーロラ観測に使用されたり、オゾンホールの発見に貢献するなど、常に最先端の宇宙研究に利用されてきた。とくに、スペースシャトルに搭載された高感度テレビカメラに関しては、国内の並みいる大企業たちが必死に開発を続けてもなかなか色よい返事をもらえなかったのに対し、三鷹光器はいとも簡単に採用されることになったのだという。その理由を、中村氏は「設計の違いですね」と説明する。
「基本の設計がよくないと、いくら改良しようとしても無駄なんです。あと、皆あまりにも精密に作りたがる。宇宙空間では寒暖の差が200度を超えるといわれています。そのような環境では金属の収縮も激しいので、精密にしすぎてしまってはいけないんです。例えば、望遠鏡を動かす回転軸を考えた場合、太さの変わらない円柱だと、素材の金属が収縮し、軸がしまって動かなくなったり、また逆に延びるとガタが出てしまう。だけど、やや円錐形にすれば、温度変化により収縮しても、円錐形の大きい軸方向へスライドして影響が出ないわけです。私たちは小さい頃からずっと天体望遠鏡に接してきたので、そのような考え方ができるのだと思います」

ライカと提携して医療の世界へ

約30年前に一般向けに販売していた天体望遠鏡「GN-170」。約30年前に一般向けに販売していた天体望遠鏡「GN-170」。

ライカへのプレゼンのために描いたという社長直筆の絵。医療への技術導入には、脳神経外科分野から取り組んだ。ライカへのプレゼンのために描いたという社長直筆の絵。
「口で説明するよりまずこれを見たら何をするのかだいたいわかってもらえるでしょう。案の定そのとおりスムーズでしたよ」

研究用のものだけでなく、アマチュア用の天体望遠鏡も製作していた三鷹光器。アマチュア用といえども、当時の先端技術を惜しみなく導入した本格的なものだ。
「30年前の値段で、望遠鏡が60万円、望遠鏡を支える赤道儀が60万円。計120万円というものでした。太陽や惑星や星の軌道を追う機能はもちろん、軌道とは別に動く彗星を追うセンサーや、モーターも3つ付いているので決してブレない写真を写すことができるのです。お子様をもつお客様からは『子どもには高額だ』という意見もありましたが、『子どもにこそ本物を見せてあげてください』と勧めつづけてきました。本物を見れば、子どもは勉強だって自分から進んでやるようになりますから」

まるで自身の子ども時代を振り返るように語る中村氏。しかし、今度は注文が多く入りすぎて、納期が1年を超えるようになってしまったという。
「さすがに1年を過ぎると、子どもの親への信頼も揺らぎ、催促の声が聞こえるようになりました。そんなに待たせてしまうのだったら製造は休もう、ということにしたんです」

そんな頃にもち上がったのが、ドイツのライカと契約して医療機器を開発する話だった。それはライカのレンズを使った脳外科手術用の顕微鏡で、30キロもある顕微鏡部分をオーバーヘッド型バランシングスタンドが支えるのだが、重い顕微鏡はなんと小指1本でもスムーズに動き、そして焦点がブレない。「スペースポインター・シグナス」と名付けられ、1990年に発売されたこの製品は、それまで手術用顕微鏡でわずか1%ほどしかなかったライカのシェアを一気に20%にまで上げたのだった。

本社工場ではおもに開発と製造を担っている。本社従業員は50名ほど。安全試験を含め製造の全工程を自社でおこなっている。ライカにおろす手術用顕微鏡以外に、現在は自社ブランド品もある 。

三鷹から世界へ攻める

手術用顕微鏡手術用顕微鏡の長さはわずか10センチ程度で、対象から30センチ以上離して使用する。両サイドのアームを使って上下・左右それぞれを固定し、軽い力で動かすことができる。急に手を離してもその位置を維持し、ブレない。

「スペースポインター・シグナス」がシェアを広げた大きな要因は、顕微鏡を動かしても焦点がブレない「ポイントロック」という機構。これは、平行四辺形の原理を応用した技術で(カメラと対象の距離を辺の長さに置き換えると、どれだけ顕微鏡が動いても対象との距離は変わらない。つまりピントがずれない)、海外でも特許を取っている。
「実は、このような特許をたくさん取得していたので、ライカとの交渉も有利に進めることができました。とくにポイントロックは、手術中、出血を処理するたびに顕微鏡を動かさないといけない脳外科の世界で重宝されました。他社の顕微鏡では、動かすたびにピントがズレてしまうのですが、ポイントロックではそういうことがないんです」

2000年代からは自社製のレンズを使って三鷹光器のブランドとしても販売を開始した。今年からは、中国をはじめとしたアジア諸国でも販売される予定だ。
「『設計図は現場にあり』というのが弊社のモットーなので、医療機器も実際に手術の場に同席させていただいて、自分の目で見てから設計したり、改良を進めています。そうすることで常にユーザビリティを向上させていくんです」

宇宙へのロマンは、いつしか困難な手術をサポートする医療の道へ。NASAやライカに認められた技術力が、世界中の医療現場で信頼を得る日も、そう遠くはないかもしれない。

三鷹光器株式会社 東京都三鷹市野崎1-18-8
TEL: 0422-49-1491
http://www.mitakakohki.co.jp
文・山﨑隆一 写真・坂本よう子