1. 〔第6回〕三祐医科工業株式会社・職人たちが自信と誇りをもてるように

医療を支える日本のものづくり

〔第6回〕三祐医科工業株式会社・職人たちが自信と誇りをもてるように

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少量多品種の医療器具の製作は機械化が難しいが、一部の工程を機械化する工場は増えてきている。
それでも一貫して手作業で作りつづける工場は存在する。
職人が手作業でおこなうことには、れっきとした利点があるからだ。
それは終始、職人の五感を使って作業するため、人体を傷つける要素を限りなく減らせること。
「医療器具屋さんが作った耳かき」で有名な三祐医科工業もそんな職人が集まる町工場の一つ。

職人が働く工場で

20代の女性から70代のベテランまで職人は現在4名。後進の指導もやってもらうため生涯現役だという。20代の女性から70代のベテランまで職人は現在4名。後進の指導もやってもらうため生涯現役だという。

東京・足立区にある三祐医科工業株式会社を訪れたのは、8月の後半。大通りから入った住宅街にあり、照りつける夏の強い陽射しと、道路の脇に整備された緑が、牧歌的な雰囲気を漂わせている。

取材陣を迎えてくれたのは、社長の小林保彦氏。
「夏休みには中学生の職場体験や工業高校のインターンを受け入れています。ある年、昼休みにセミを捕ろうとして工場の前にある木に登ってしまった生徒もいて。危ないので、それ以来毎年『木には登らないでね』と言っています」

実習と関係のないことで迷惑をかけるのはよくないけれど、生徒の気持ちもわからないではない。そう思えてしまう不思議な懐かしさが、工場とその周辺にあふれているのだ。

工場内に入ると懐かしさは倍増する。こぢんまりとした部屋で、年季の入った機械とジグを使い、黙々と製品と向き合い、金属を叩いたり削ったりする熟練の職人たち。こんな光景を数十年前にはよく見かけた。しかし、昔と違うのは、職人のうちのひとりが若い女性であることだ。 「彼女も最初はインターンで来てくれたんだけど、手づくりの金属加工をやりたいということで入社しました。とても一生懸命にやってくれているし、何より、彼女が入ってから工場の雰囲気もずいぶんと明るくなりましたね」

職人さんについて話すときの小林社長は、とても嬉しそう。それもそのはず、小林氏は物心がついた頃からずっと、職人に囲まれて育ってきたのだ。

金属の加工をメインに、丁寧な仕上げが売り

ジグや刃物は自作。工作機械は古いが工夫して使っている。ジグや刃物は自作。
工作機械は古いが工夫して使っている。

「弊社は私の父が1972年に創業したのですが、彼はそれまで15年ほど、医療器具の製作会社で職人として経験を積みました。最初は丁稚(でっち)だったといいます」

工場の場所は創業時から変わることはなく、小林氏が子どもの頃は住まいも作業場と地続きにあったという。
「幼い時からずっと、父が職人さんたちと一緒に働く姿を見てきました。だから、『いずれは僕もここで働くようになって、後を継ぐのだろうな』と思うようになったのは自然なことでした」

そして大学を卒業後、思っていたとおりに父親の会社に入り、27歳の若さで2代目の社長に就任した小林氏。以来、20年以上会社を引っ張っている。
「創業時から金属の加工をメインにした医療器具を作っています。新しい製品を次々と開発していくというよりは、昔からある製品をコツコツと作りつづけています」

製品の種類は1000以上にものぼり、カテゴリも多岐にわたるが、中心になるのは泌尿器科や耳鼻科だという。
「カテーテルや拡張器といった、患者さんのからだの中に入るものが多いので、仕上げにはとくに気を使いますね。すべて手作業で、やすりがけがメインといってもいいくらい大事です」

製品はすべて受注生産。主に販売会社に納めていて、自社ブランドはまだない。昔ながらの実直なものづくりを続けているともいえるが、小林氏のなかではそろそろ自社オリジナルの製品を開発したい、という気持ちも強くなってきた。そのきっかけとなったのが、〈耳かき〉だ。

  • 泌尿器科や耳鼻科のほか、産婦人科、眼科、内科などで使われる器具は約1000種類。直接医師が手に持つ器具が中心で、扱いやすくするための細工が多い。
  • 泌尿器科用器具
  • 産婦人科用器具
  • 泌尿器科や耳鼻科のほか、産婦人科、眼科、内科などで使われる器具は約1000種類。直接医師が手に持つ器具が中心で、扱いやすくするための細工が多い。
    (左)泌尿器科用器具、(右)産婦人科用器具。

耳かきがもたらした お客様の声

〈医療器具屋さんが作った耳かき〉。地元の「足立ブランド」に認定されている。〈医療器具屋さんが作った耳かき〉。地元の「足立ブランド」に認定されている。

工場では直接耳かきを購入することもできる。工場では直接耳かきを購入することもできる。

2008年に発売し、現在でもヒットを続ける〈医療器具屋さんが作った耳かき〉。きっかけは、販売もできる展示会に出展するために、工場にある材料で耳かきを作ったことだ。
「展示会で参考品として血管拡張器を出していたら、一般のお客様から『これ、耳かきですか?』と訊ねられることが何度もあって。だったら本当に耳かきを作ってみようかと」

もし売れなくても、それでいいやと割り切っていたが、これまで培ってきた技術を用い、丁寧な仕上げを施して作った耳かきは、展示会に出すたびに完売を繰り返した。東急ハンズをはじめ「販売させてほしい」という小売店や業者も相次いだ。
「テレビで紹介された時には、問い合わせの電話が鳴りっぱなしで、仕事になりませんでした」と笑う小林社長。会社が注目されたこともそうだが、実はもっと嬉しいことがあったという。
「お客様の声が、直接聞けたんです。もちろん、作った製品がドクターから好評だということも聞きますが、あくまでも人づてなんですよ。耳かきでは『もっとしなるものがほしい』とか、いろんな要望も伺えたので、それをもとに現在は6種類の製品を展開しています。医療器具に関しても、できたら自社ブランドの製品を開発して、ユーザーであるドクターからの意見を直接聞けるようにできたらいいな、と思うようになりました」

  • 金属板を木槌で叩いて筒状にし、溶接とやすりがけを繰り返す。太さや重さを変えながら、表面をなめらかに、先端の仕上げを丁寧にしていく。熟練の技である。

職人たちを幸せにしたい

1日に数種類の器具を手分けして作る。製品は注文に応じて毎日変わる。1日に数種類の器具を手分けして作る。
製品は注文に応じて毎日変わる。

「展示会で耳かきを出すようになってから、医療関係の方に『こんな製品を作れませんか?』と相談されることが多くなりました。近年は外国製の安価な医療器具もたくさん輸入されていますが、やっぱり国産のものがほしいという方もいる。私たちのような、職人の手作業を売りとする会社の存在が埋もれてまだ知られていないだけで、ニーズは確実にあるんだと思います。これからは営業や試作品づくりも大事ですね」

自社ブランドを立ち上げることも大きな目標だが、その向こうには、小林社長のさらなる願いがある。それは、職人が幸せになることだ。
「小さい頃から職人さんたちをたくさん見てきているけど、どんなに腕がよくても、引退するときに幸せそうに見える人が案外少ないんですよ。景気がよくなかったり、後継ぎがいなかったり。コツコツとやっていけば、成果はいつか自分に返ってくる。僕は後進にはそう思ってもらえるようにしたいんですよね」

職人になって、ものづくりに従事できて、本当によかった。職人たちがそんな自信と誇りをもてるような会社に。小林社長の挑戦は、まだ始まったばかりである。

三祐医科工業株式会社 東京都足立区六木1-12-9
TEL: 03-3605-7842
https://www.sanyu-med.jp