1. 〔第5回〕株式会社 河野製作所・開発することへの情熱が生んだ世界最小の手術針

医療を支える日本のものづくり

〔第5回〕株式会社 河野製作所・開発することへの情熱が生んだ世界最小の手術針

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針のメーカーとして出発し、医療用針を中心に製作をつづける河野製作所。
その名を知らしめたのは、マイクロサージャリーの可能性を広げた直径30ミクロン(0.03ミリ)の超微細針。
2004年に開発されてから今なお世界最小の細さを誇っている。
しかし栄光にすがることなく、「年に2つの新製品を開発する」という社のモットーを実行しつづける。
それを支えているのは、ものづくりを愛する社員たちの情熱だ。

顕微鏡でなければ見えない針

数ある針の中でもとくに微細なものを扱うフロア。工程が細かく分かれている。数ある針の中でもとくに微細なものを扱うフロア。工程が細かく分かれている。

できあがった糸付き縫合針をパッケージングする。できあがった糸付き縫合針をパッケージングする。

工場の中に入ると、窓の外に曽谷緑地を見下ろすことができ、その向こうには市川市の街が広がっている。作業員は黙々と作業を進めているが、緊張感こそあれ、明るい雰囲気を感じさせるのは、工場内に夏を思わせる光が入ってくるから、という単純な理由だけではなさそうだ。写真を撮るために、彼女らにしばし手を休めていただくようお願いするのだが、嫌な顔ひとつせず協力してくれる。

撮影するのは、顕微鏡のレンズの先。そこにあるのは、直径30ミクロン、長さ0・8ミリという世界最小の手術用縫合針だ。そのままでは肉眼で見ることも難しい。河野製作所本社工場でのことである。

「この微細針を開発するのに、実に3年ほどかかりました」と、4代目社長の河野淳一氏。「帝京大学の黒島永嗣先生の依頼で開発したのですが、これによって0・5ミリ以下の細い血管やリンパ管も縫合できるようになったんです。できることが多くなると手術の可能性も広がりますよね」

2004年に完成して、今ようやく国内外で認められてきたところだという。
「ここまで小さくなると、使える先生も限られてしまうんです。実際は40~60ミクロンの針が主流ですね。でも、30ミクロンが究極のハイエンドとして存在するので、手術がそこをめざしていけるんだと思います。それにしても、こんな小さい針を使う先生は本当にすごいです」

時計の針から医療用の針へ

微細な針に糸を取り付ける作業は顕微鏡下でおこなわれる。針にU字型の溝をつけ、糸を閉じ込めるという昔ながらの技法を用いている。微細な針に糸を取り付ける作業は顕微鏡下でおこなわれる。針にU字型の溝をつけ、糸を閉じ込めるという昔ながらの技法を用いている。

株式会社河野製作所が創業したのは1949年。それまで時計メーカーに勤めていた淳一氏の祖父が独立し、時計や計測器に使う指針の製造を開始した。医療用の針を手がけるようになるのは60年代のこと。その頃、マイクロサージャリーの第一人者である玉井進医師から、細い血管や神経の縫合ができる手術用針の開発を依頼されたという。彼は世界で初めて完全切断母指再接着に成功した医師である。

「医療分野に転換したのは、私の父が2代目社長を務めている時でした。当時は玉井先生を中心としてマイクロサージャリーをもっと広めていこうという動きがあったのですが、顕微鏡下手術に対応できるだけの器具や針がまだなかった。それで依頼されたと聞いています」

それまで河野製作所が手がけていた時計の針もかなり微細な金属加工を必要とする。

「当然、医療用の場合は刃物としての性能をもたせる必要がありますが、小さいもの、細いものをつくることはもともと得意でしたので、他社では断られるような微細な製品の製作依頼にも抵抗はなかったようです」

世代交代と社内改革

大きめの針は別のフロアで作業されている。大きめの針は別のフロアで作業されている。

30ミクロンの針に糸を埋め込むための溝をつける機械。顕微鏡下で集中力のいる作業だ。30ミクロンの針に糸を埋め込むための溝をつける機械。顕微鏡下で集中力のいる作業だ。

以降、マイクロサージャリー用微細針を主力製品に、医療機器メーカーとして着実に成長をつづけている河野製作所。河野氏は1998年から社長を務めているが、この頃から社内のシステムをどんどん変えていったという。

当時は社員の平均年齢が50代。技術者にもベテランが多かった。技術の伝承に関しては「見て覚えろ」という世代だ。

「けれどそれでは、ベテランがいきなりいなくなったら製品がつくれなくなってしまう。そこに危機感を抱いた若手が中心になって、それまで勘に頼っていた部分を数値化し、誰でも製品をつくれるような機械を製造していきました。その下地があったから30ミクロンの針ができたんだと思います」

  その後、世代交代が進み、現在では平均年齢は30代にまで若返ったという。そして河野氏は、彼らが製品の開発にしっかり関われるような仕組みをつくった。

「以前、私が一人で開発を手がけていた時期があったのですが、さまざまな問題もあって、10年ほど新製品ができなかったんです。案件はたくさんあるのに。現在はすべての部署から代表者を集めて会議をおこない、その代表メンバーの中から何人かでチームをつくってプロジェクトを進めてもらっています。新しい技術やノウハウ(シーズ)や顧客のニーズをつかむところから、最後のプロモーションまで、数年後を見据えて計画するんです。そうすることで社内の風通しがよくなり、仕事のスピードが格段に上がりました。今も絶えず20ものプロジェクトが動いています」

医師を会議に招き直接ニーズを聞くことも多い。また、シーズを探るためには技術をもった企業や大学の工学部を訪れてリサーチをおこなう。「そこで新しい技術や素材を見つけてきて、その情報を医師たちに提供するんです。工学の世界ではまだ量産に対応できない技術でも、多品種少量生産が多い医療の分野では実用可能なものが結構あります。こうして両者の橋渡しをするといろんな発見があって本当に面白いですよ。埋もれている技術が実はたくさんあることにも気づきますしね」

「やらなきゃ」よりも「好きだ」

大きめの針に糸を取り付ける作業は機械化されている。大きめの針に糸を取り付ける作業は機械化されている。

社員の皆さん。中央がものづくり技術部部長の岩立氏。ものづくり技術部の作業場には開発用のさまざまな機械がある。社員の皆さん。中央がものづくり技術部部長の岩立氏。
ものづくり技術部の作業場には開発用のさまざまな機械がある。


河野製作所の市川本社。工場裏には曽谷緑地が広がり、のどかな雰囲気だ。河野製作所の市川本社。工場裏には曽谷緑地が広がり、のどかな雰囲気だ。

さまざまな手段で社内改革をおこなった河野氏だが、その根底にあるのは「ものづくりが好き」という純粋な気持ちなのだろう。

「製品の生産スピードを上げたくて、担当の社員に工作機械をもう一つつくるように頼むことがあるんですけど、同じものができてきたことは一度もありません。より使いやすくするために一から図面を書き直して、必ず改良されたものが出てくるんです」

そこまでやらなくても……とも言いたげだが、河野氏はとても嬉しそう。

「みんな『やらなきゃ』というよりも『好きだ』という気持ちで仕事しているんですよ。開発には時間がかかるし、情熱がないとできないですね」

30ミクロンの針の開発を担当し、工場を案内していただいた岩立力氏は、「新しいプロジェクトのリサーチをしていると、『なんとか縫えるようにしたい!』と思うんですよね。私たちは『針屋』ですから」と言う。針屋という言葉に、仕事への愛着とプライドを感じる。

工場の中で感じた明るさは、ものづくりへの愛情と、それを最大限に発揮するための社内環境づくりの賜物なのだろう。「職人は環境をよくしてあげると、本領を発揮しますよ」という岩立氏の言葉が印象に残った。

株式会社 河野製作所 千葉県市川市曽谷2-11-10(本社)
TEL: 047-372-3281
※製品に関するお問い合わせは株式会社クラウンジュン・コウノ
TEL: 03-3813-7411
http://www.konoseisakusho.jp