1. 〔第1回〕細渕電球株式会社・電球の灯を消さないために

医療を支える日本のものづくり

〔第1回〕細渕電球株式会社・電球の灯を消さないために

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内視鏡に用いる電球や、波長を必要とする検査器具としての電球。
こういった特殊電球は機械では作れず、今でも人の手で作られている。
LEDへの移行が主流とされる時代だが、特殊電球のスペシャリストである細渕電球は、常に電球の可能性と必要性を探っている。

医師の寿命を延ばすヘッドライト

細渕電球が製造したヘッドライト細渕電球が製造したヘッドライト。左が初代で、右が現在のもの。現モデルのライトは電球でなくLED。「電球のほうが自然で優しい光なのですが、LEDを求める時代の流れには逆らえないですね」と高橋社長。

2007年、ひとつの医療用ヘッドライトが完成した。これは、東京都荒川区で電球の製作をおこなっている、細渕電球株式会社が手がけた初めての医療機器だ。
「もともと、佐賀大学の名誉教授で口腔外科の権威である香月武先生のために作りました。先生はベトナムやモンゴルなどのアジア諸国を中心に、口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)の子どもたちを治療するボランティア活動をされています。砂漠のような電源がないところでも使えるように太陽光発電もできるリュックを一緒に作ったりもしましたよ。もっとも、リュックのほうは製品化しませんでしたが」

こう語るのは細渕電球の三代目社長、高橋建志氏。1999年から社長を務めている。
「通常の電球は6ボルトですが、このヘッドライトには世の中でいちばん明るい7.2ボルトのものを使いました。そして電球の中にはレンズが入っていて、拡大鏡になります。これがベテランの先生方に好評で、『医師としての寿命が10年延びた』とおっしゃってくださる先生もいました」

医療の分野で重宝されるオーダーメイドの手づくり電球

1938(昭和13)年に創業した細渕電球。当時は自動車の方向指示器(腕木式)に搭載する電球を作っていたという。戦後になると「お客様の要望にこたえるオーダーメイドの手づくり電球」のメーカーとして操業を再開した。
「オートメーションで作る電球だと、最低でも5000個からとか、ロットが多くないとなかなか作れません。その点、うちは手づくりなので100個とか、極端にいえば1個からでも作れるわけです。医療機器はそんなに大量生産するものではありませんので、医療機器メーカーさんから『こういうものを作れないか』と相談を受けるようになりました」

胃壁撮影のためのランプ細渕の名を世に知らしめた、胃壁撮影のためのランプたち。
いちばん右が世界初のカラー撮影を可能にしたランプで、国立科学博物館にも展示されている。


放射線測定器近年は、これまで培ってきた測定検査機器用の
電球づくりを応用し、放射線測定器の開発もおこなった。

医療機器用の電球を請け負うようになったのは、少ないロットでも作れるから、という単純な理由からだけではない。彼らの手作業により作り出される電球は、公差0.05ミリ以下という、機械製では到底太刀打ちできないほどの精密なものだったからだ。ほんのわずかの誤差が人の命に関わる可能性がある医療の現場で、細渕の電球が選ばれるようになったのは当然の成り行きだったといえる。

1953年、東京大学の研究チームが世界初となる胃壁のカラー撮影を成功させたが、それを可能にしたのは細渕が開発した極小の撮影用電球だった。
また、正方形のフィラメントを使い照度効率を高めた顕微鏡用の電球は、9割以上のシェアを誇った。ほかにも検眼鏡やレチノスコープ用の電球、手術室に使う無影灯、光の波長を利用して血液の成分を測る血液分析器のための電球など、医療用だけでも非常に多くの製品を開発した。

医療以外でも、地下鉄の信号灯や、水の成分を測る濁度計や色を測定する色差計の光源として使われる電球、工場で素材を切ったりするためのガイド線を作る電球、そして、たこ焼きなど食品を温めるのに使われる電球も。これまで開発・製作してきた電球の種類は、なんと2000種類にものぼるという。
「まだインターネットがない時代にも、海外からの問い合わせもたくさんありました。お客さま同士の口コミも多くあったようです」

「100年電球」の秘密

さて、驚異的に精細な電球を生み出す職人たちの腕は、どのように培われるのだろう。
「長い間やっていればできるようになりますよ」と高橋社長は謙遜するが、その秘密は、各工程を受け持つ職人を、スペシャリストの域にまで育て上げることにあるようだ。

「電球づくりには、継線(フィラメント組付け)、封止(ガラス焼き)、排気、仕上げ、検収(検査)といった作業があります。ひとりでどの工程でもできる、というよりも、ひとつの工程に集中して熟練してもらうことで、より精度の高いものが作れるんです。各工程にそれぞれ20年、30年のキャリアが注ぎ込まれたとすると、足すと100年を超えるんです。『100年電球』と呼んでいただくこともありますよ」

なるほど、細部にまで熟練の技が注ぎ込まれることで、クライアントの要望に対して非常に高い次元でこたえる製品ができるわけだ。高橋社長が細渕電球のことを「問題解決型企業」と表現するのもうなずける。

  • (1)フィラメントをステムという支柱に取り付ける継線とよばれる作業。髪の毛の3分の1という細さのフィラメントを、なんと肉眼で確認しながら溶接していくという非常に細かい作業だ。
  • (2)封止の作業。ガラスチューブを熱して伸ばし、息を吹き込んで丸い形を作った後、フィラメントを入れて封じる。ガラスの厚さを均一にして光の透過性を上げるのには熟練の技術を要する。
  • (3)バルブ内の空気を抜き、不活性ガスを注入する排気の作業。これが終わると、点灯チェックができるようになる。
  • (4)フィラメントをバルブで覆い、真空状態にした電球に、不活性ガスと窒素を入れて点灯チェックをする。細渕電球の電球づくりはすべてがこうした手作業でおこなわれる。
  • (5)製品の仕上がり具合を細かくチェック。

LED化の流れのなかで

最後に、冒頭のヘッドライトの話に戻ろう。
電球の分野で揺るぎない地位を築いていた細渕電球が、医療機器製造業の免許を取得して誕生させたのがこのヘッドライトである。その背景には、急激にシェアを伸ばしてきたLEDの存在があった。電球の製造だけでは企業として存続していくのが難しくなってきたのだ。低消費電力が特長のLEDへの流れは、2011年の東日本大震災の際の電力不足でさらに加速したため、昨年には国内での蛍光灯の製造・輸入を禁止し、LEDに置換するという旨の指針を国が示した。

「世の中が電球からLEDへと流れていき、業界の規模が急激に縮小していくなかで、いかにして生き残っていくか。その施策として医療機器も作ることにしましたし、現在ではLEDも作っています。実のところをいえば電球だけでやっていけるに越したことはありませんが、『できればLEDにしたい』というクライアントさまも多いですからね」

しかし、医療機器の分野では、LEDには限界もある。例えば、白色のLEDは青色の上に黄色の蛍光物質を被せているため、赤色を認識することができないのだ。
「簡単にいうと、血液が緑色に見えてしまうのですよ」と高橋社長。「ですから血液分析器は電球でないとできません。今後はLEDと電球のすみ分けが必要になってくるでしょうね」

今年で創業78年。あと22年続けて100年にするために、そして電球の灯を消さないために、細渕電球はさらなる努力を続けていく。

細渕電球株式会社 東京都荒川区西日暮里1-27-12
TEL: 03-3805-2181 http://www.hosobuchi-lamp.co.jp/
文・山﨑隆一 写真・中村ユタカ