豊洲小児科醫院(東京都)の医院開業事例


外観


内装

開業タイプ 新規開業
所在地 東京都江東区
科目 小児科、アレルギー科、小児皮膚科、小児腎臓科、小児循環器科、予防接種・乳幼児健診、出生前小児保健指導
病床数 なし
豊洲小児科醫院
〒135-0061 東京都江東区豊洲5-6-29 パークホームズ豊洲 ザ レジデンス1階
TEL:03-3533-7733
http://www.toyosu-shounika.com
腎臓と循環器に得意分野をもつ二人の医師が、
タッグを組んでめざす「地域のヘルスプランナー」。
2017年7月、東京都江東区豊洲に豊洲小児科醫院がオープンした。
同院は、順天堂大学医学部小児科医局で小児腎臓科専門医として長く活躍した染谷朋之介氏が院長を、その1年後輩で小児循環器科専門医である大槻将弘氏が副院長を務める。
高い専門性を有する小児科医がタッグを組み、地域の子どもたちの「かかりつけ医」として少しずつ浸透し始めているようだ。

「Medical Home for Children」に込められた理念
シックな雰囲気を採用した狙い


院長 染谷 朋之介氏、
副院長 大槻 将弘氏

豊洲小児科醫院は、英語表記に「Medical Home for Children」なる言葉を使っている。
「病気を診るだけでなく、子どもの成長、発達を見守る場所でもあるという意味が込められています。これは、カナダの小児科学会で紹介されていた考え方。私たちも、開業にあたり、クリニックの方向性を示す言葉として採用しました。子どものときから大人になるまでを見守る医療の家―というように受け止めていただければ嬉しいですね」(染谷)
「病気かどうかわからないけどとにかく……と、まずは気軽に相談していただけるような存在になりたいです。さらに言えば、そんなお子さんの心配をしている親御さんたち自身の不調や不安の相談相手とも思ってもらえれば嬉しいです。子どもも含めた家族全員が、健康に関して当院を頼ってくださる。つまりは、地域のヘルスプランナーのような役割を担っていけるのが理想だと考えています」(大槻)

染谷氏、大槻氏が考えを共有して決定したことはほかにもある。たとえば、院内のデザインと色彩計画だ。
「小児科クリニックというと、子ども向けの明るさや楽しさを前面に押し出した雰囲気になっているケースが多いようですが、私たちはあえてそれを避けました。めざしたのは、図書館やカフェのように落ち着いた、シックな空間です」(染谷)
「院内には子どもを遊ばせるキッズスペースもありません。病気の子、不調の子が来院するわけですから、遊んだりはしゃいだりしたい子ではなく、静かに順番を待ちたい子のためのスペースであっていいのではと考えたからです。ちなみに“図書館のような”というコンセプトから、待ち合いスペースの壁一面に書架を組み込みました。半分は子ども向けの絵本など、もう半分は親御さん向けに子育てに関する本を揃えています」(大槻)


  • 図書館のような待ち合いスペース

  • 化粧室の広さも特徴的

  • ゆったりとしたスペースを確保した処置室

将来構想をめぐらし始めた染谷氏のそばに、格好の相談相手となる大槻氏がいた

両人の付き合いは、医学部時代から数えれば20年以上になる。
「順天堂大学医学部は全員入寮する決まりのため、面識だけなら20年以上になります。寮生活を通して強い仲間意識が形成されていますが、いわゆる『先輩、後輩』のべったりとしたつながりがあったわけではありません」(染谷)
「一緒に開業するような近い関係になったのは、染谷先生が丸山総合病院の小児科部長となった2013年以降です。私が、同院にアルバイトに行き、親しく話すようになりました」(大槻)

図式としては、まったくそのつもりがなかった大槻氏を、染谷氏が誘った開業となる。
「40歳を目前にして、『さて、このまま大学医局に在籍しつづけるべきなのだろうか』と考えるようになりました。すると、大好きな臨床にもっと比重をかけた医師生活を望んでいる自分に気づきました。そこから、いろいろと考えるようになりました」(染谷)

染谷氏の近親者に医師はいない。もちろん開業経験をもつ人物もおらず、具体的な開業イメージがあったわけではない。そんな状況で話し相手になったのが、以前から波長が合うと感じていた大槻氏だった。
「大学で先進医療に取り組むことしか考えていなかった私にとって、染谷先生が聞かせてくれる悩みや疑問はとても新鮮なもので、話がはずみました」(大槻)
「なんとなく自然に、大槻先生にいろんな話をしていました。どんな話にも真剣に耳を傾けてくれ、しかも有益なアドバイスをくれるので、開業に向けて話が進んでいったのです。最終的には、大槻先生が『大丈夫、できますよ』と背中を押してくれて、開業を決意できました」(染谷)

相談に応じていただけのはずの大槻氏が、開業計画に参加するにいたった理由は?
「染谷先生の相談に乗っているうちに、自分のキャリアプランも見直すことになったからです。私も染谷先生同様に臨床が好きですし、外来が大好きです。大学医局に在籍しつづけると、どこかの時点で後進にポストを譲る日が来る。そうなってから、『もっと臨床や外来に取り組みつづけるにはどうしたらいいか』と悩むのは、ちょっと遅いかな。早めに、独力で、そんな環境を確保する道もあるなと思うようになりました」(大槻)

自然な流れで、意気投合した間柄のようだ。「運命の出会い」や「運命の糸」という言葉があるが、染谷氏と大槻氏の開業にいたる流れもそれに近いのではないだろうか。大槻氏が、二人の関係性について解説してくれた。
「どちらも、大枠が共有できればいいと考えるタイプなのがいいのではないでしょうか。細かい部分で妙な自己主張を振り回すことがないので、ぶつかるようなこともありません」(大槻)
「そういえば、喧嘩らしい喧嘩はしていませんね」(染谷)

「大学に紹介したつもりが、貴院から返事がきて驚いた」と言われることも


診察室

開業計画に身を投じるにあたって、二人には大きな確信があった。
「少々不遜に響いてしまうかもしれませんが、私たちは『順天堂大学の小児科』で教育を受け、医療を実践してきました。全国的に高い評価を得ている医局で20年近く精進した二人がタッグを組むことに心強さを感じていました」(大槻)
「私は小児腎臓科、大槻先生は小児循環器科とそれぞれに得意分野をもっています。これは、武器になると思っていました」(染谷)

そんな得意分野への評価は、意外に早く、意外なところで獲得できた。
「道を一本隔てた向こうに、昭和大学江東豊洲病院があります。開設の挨拶にうかがうと、同院の小児循環器科は外来が週に2コマしかなく、人手が厳しい状態とのことでした。『小児循環器のできる先生がいるなら、ぜひ紹介を受けて欲しい』となりました」(大槻)
「この地域には、総合病院からあふれるほどの小児循環器のニーズがあるとわかりました。実際に同院からの紹介はすぐに増えました。医師会の集まりなどで、『循環器疾患で昭和大学に紹介したつもりが、貴院から返事がきて驚いた』と言われることもありました。事情をお話しすると、以後は直接当院に紹介してくれるようになりました」(染谷)

大槻氏の手腕をいかすため、心電図やレントゲンに加えて超音波診断装置を導入していた体制づくりが、的を射ていたようだ。小児循環器の専門医がいて、なおかつ検査もできるクリニックが誕生したとの評判が地域の医療機関の間で静かに広まりつつある。現在、大槻氏は昭和大学の講師も務めている。

コンサルティング会社との出会いで、医療構想に注力できる環境を得た

前述のとおり、院長、副院長ともに、開業に際しては「知識ゼロ」からのスタートだった。計画を具体化するにあたっては、コンサルタントのサポートがとても役立ったとのことだ。
「私たちの間では医療については、話せば話すほど構想が深まります。しかし、経営のことや開業の具体的なプロセスになると、どこから手をつけていいのかわからない状態でした。そこで相談を寄せた総合メディカルさんには、手取り足取り助けてもらいました」(染谷)
「総合メディカルさんのようなノウハウがあり、誠意もあるコンサルティング会社に出会えたことは大きかったですね。開業までのレールを敷いていただいて、僕らがちょいちょい意見を出すような形で安心して進めていくことができました。もし、騙すつもりで近づく会社などがあったら、あっさり騙されていたかもしれません」(大槻)

染谷氏がさらなる感想を付け加えた。
「資金や経営に関することを信頼して任せられる相談相手に出会えたことはありがたかったです。その分、私たちは医療の部分に、十分に力を注ぐことができました」

開業して、本当の「患者さん目線」に気づいた


明るく和気あいあいとしたスタッフの皆さん

取材は2018年2月。開設から半年ほど過ぎての状況分析と振り返りをお願いした。
「まだ目の前のことを精一杯やっていくだけというのが正直なところです。患者さんは徐々に増えていますが、『軌道に乗った』というのは早いと思います。何しろ当院はまだ、本格的な夏を経験していません。冬に小児科クリニックへ患者さんが多く来られるのはある意味当然で、真価が問われるのは夏場だと思っています」(大槻)
「どんな業種でも、スタート後の数年は苦労の連続ではないでしょうか。そういう覚悟で開業に臨んでいますので、ただただ頑張るだけです。大切なのは、地域にどんなニーズがあるのかを正確に読み解くこと。いかに専門性があるといっても、それだけでは地域の役に立てないかも知れない。ジェネラリストとしての小児科医の意識をもち、とにかく地域に頼られ、貢献できるクリニックでありたいですね」(染谷)

両人とも、開業後、医師としての新たな気づきがあったと口を揃える。
「勤務医時代も、患者さん目線で可能な限り親身になって診察することを心がけていました。ただ、それが“つもり”で、足りない部分が多かったと、今、つくづく感じます。開業して患者さんを受け入れるようになって、『自分がこの子の親だったら、何をしてほしいのだろう』と考えるようになりました。以前は、ガイドラインなどから得たアカデミックな判断や選択を押し付けてしまっていたなと反省し、より患者さん目線で診療すべきだと思いました」(染谷)
「染谷先生と同様の感想をもっています。勤務医時代は、専門病棟での責任は重大でしたが、一般外来では『では、3日後にまた来てください』と言っても、3日後は別の医師が担当です。現在は、『3日後に』と言えば、3日後に私が診察します。この環境の違いからくる、責任感と覚悟の違いは、実際にそこに身を置いてみなければ実感できませんでした」(大槻)

高い臨床力を備えた医師が意気投合し、同じ目標に向かって力を合わせる―いくばくかの奇跡がなければ生まれなかった理想的なタッグで提供する医療は、必ずや地域の財産となるはずだ。小児医療に情熱を燃やす二人の、さらなる活躍に注目したい。

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