エルム女性クリニック(青森県)の医院開業事例


外観


内装

開業タイプ 継承開業
所在地 青森県五所川原市
科目 産科、婦人科
病床数 17床
エルム女性クリニック
〒037-0036 青森県五所川原市中央4-93
TEL:0173-38ー4188
http://elm-j-clinic.com/

インタビュー

産婦人科を選ばれたのはなぜですか。

院長 佐藤 秀平氏 医学部の実習経験後、新生児医療をやりたいと思うようになりました。小児科か産婦人科で迷いましたが、子どもが生まれる過程で、一人ひとりにドラマがあることに感動し、産婦人科医を選択しました。その頃、青森県の新生児医療は進んでおらず、死亡率はワースト1位という状態でした。赤ちゃんを助けたいと思うのですが、どうしたらよいか、当時はよく分かりませんでした。そこで医師になった2年目くらいに、知識や技術を身につけるため、大学の系列は異なるものの五つ子を無事に成長へと導いた実績のある鹿児島市立病院に修行に出かけました。

鹿児島市立病院では、新生児医療について研修し、その中で小さく生まれそうな子への医療はもちろん、母親へのフォローの大切さも学びました。その後青森に戻ってからは、鹿児島市立病院での経験を生かし、新生児を中心に診療を行いました。当時、新生児はどこの科でも診ることが難しく、産科と小児科でのチーム医療で対応しようという声が上がり、チーム責任者として取り組みました。また、母親へのフォローに加えて、生まれる前の赤ちゃんの診断も大切だと感じるようになり、今でいう胎児医療にも積極的に取り組み、お産のあり方を考え直すようになりました。
青森県の周産期医療を牽引してこられたそうですね。

ゆっくりとくつろげる個室。
産後の食事を楽しむ多目的室
その後は、周産期という概念が少しずつ一般的になり、産科と小児科が協力体制を整えた周産期医療も広まってきました。青森県では2003年、県立中央病院に総合周産期母子医療センターを作る構想が立ち上がり、私は開設準備室長として関わるようになりました。院内では産科、小児科の協力関係を作り、地元の産婦人科医にはNICUなどを整備した周産期センターの周知を図りました。重症の妊婦さんは周産期センターで対応し、新生児とともにより安心で適切な環境で支えることに理解を求めていきました。それでも、周産期センターがスムーズに稼働し、新生児の死亡率が下がるには、5年から10年はかかるだろうと考えていました。

その後、私は08年に総合周産期母子医療センター長に就任しましたが、10年経てば、最初に作ったものは何でも古くなります。新しい風が吹くことが大切ですから、当初から10年で後進に譲ろうと考えていました。2013年の人口動態統計では、青森県の乳児死亡率が低下し、全国で上位3位に入るなど、周産期センターの成果も実感できるようになりました。

また、センター長時代は、病院の敷地内で生活するような毎日で、ストレスは大変なものでした。一線を退こうと考えたのは、自分の体調不良も原因です。次の道を考えると、温かい地域の病院に勤務するのも良いなと思い始めていました。
開業のきっかけを教えてください。

若い女性のほか、高齢女性の不定愁訴にも丁寧に対応している。
4Dエコーで赤ちゃんの顔を見せ、母親に喜ばれている。
エルム女性クリニックは2006年、後輩医師の高橋直樹院長が開院しました。私に院長就任の相談があっだのは、ちょうど周産期センター長を退任し、次の道を考えていたころでした。当時、高橋先生は体調が思わしくなく、クリニックの継承者を探しているとのことでした。高橋先生は大学の後輩ですが、私が当直の時など、よく机を並べて勉強していました。真面目な性格で、患者さんを中心とした医療にあたっていました。「モニタをよく見るようにしなさい」という教えを守り、救急車で搬送された親子を丁寧に診療していました。五所川原市で開業したのも「地域の人たちに良い出産の場を提供したい。環境が整っていない所だからこそ必要だ」と話されていました。

当初、私はクリニックを引き継ぐ予定もありませんでした。そもそも開業医は選択肢にないと思っていました。けれども、高橋先生の事情をうかがうと、自分と一緒に育った先生の意志を無駄にできないという気になってきました。ノンストレステストの器械の前で、真剣にみている姿が目に浮かびます。生活より診療を大切にし、院長室で寝泊まりしているような先生でした。

私もだんだんと、クリニックが無くなるのは忍びない、彼の目標が無くなるのは寂しいと思うようになりました。津軽半島地域のお産の多くは、つがる西北五広域連合つがる総合病院と当クリニックが担当しているような状態です。当クリニックがなくなると、拠点が無くなってしまいます。やっと赤ちゃんを助けられる青森になったのに、生まれる子が少なくなっていくのはいけないと思い、意を決して引き継ぐことにしました。
とても限られた時間の中での開業だったそうですね。
開業について“一”から学ばなければいけない状況でした。インターネット等の開業マニュアルを見ると、皆さん2~3年前から準備をしていますが、私は半年から1年でやらなければいけない。そこで総合メディカルの開業セミナーに参加しました。タイムスケジュールは間に合うのか、開業資金もない、準備もしていない状態でしたが、担当者が駆けつけてくれて、注意点などを丁寧に説明してくださり、相談にも乗ってくださいました。担当の方が精力的に情報をくださり、動いてくださったので、とても信頼できると思いました。

継承になると、お金の問題など面倒なことやトラブルが出てきます。高橋先生との個人としての良い関係がこじれたら嫌ですが、重要なことを言い出せなくて困るのもいけないと思いました。総合メディカルが関わってくださったおかけで、客観的にみてくれると安心しました。高橋先生にも相談し、開業に関わるコンサルトをお任せするようにしました。

今では、自分を育ててくれた地域の一次医療を守ることにも、やりがいを感じています。経営的なことは総合メディカルに相談し、私は診療に専念しようと思っています。後輩だけど信頼し尊敬していた高橋先生の思いを引き継いでいきたいと思います。
どのようなクリニックを目指していますか。

「地域の女性ができるだけ健康で過ごせるように、支えられるクリニックにしたい」と話す。 最近は、新患が増えています。近隣でも閉院される産婦人科が増えているのに伴い、市外の弘前などからもいらっしゃっています。当院では4Dエコーを母子のつながりを導くツールとしています。妊婦健診のときに赤ちゃんの顔を見せ、喜んでいただいています。

私はこれまで、重篤な妊婦さんを中心に診てきましたので、危険が伴う出産かどうかの見極めはつきます。もし危険があれば、早期診断して、環境の整った高次医療機関へと紹介するようにしています。

今後は、お産だけでなく、自分の領域を広げたいと思います。当院には、更年期や高齢期の不定愁訴などで、婦人科領域の患者さんも多く訪れています。高齢化による合併症も多く、特に女性は何科を受診すればいいのかわからない場合が多いようです。何となく知っていると思っていたことが、開業して地域に出て、「深刻なんだ」と実感しています。

一人で悩んで、我慢して生きている人が多いと気付かされました。地域の女性ができるだけ健康に過ごせるように、支えられるクリニックになりたいと思います。産婦人科は一人の医師で切り盛りするのが難しい時代になりました。3月に法人化を計画しており、地盤固めの第一歩だと考えています。今後は複数医師体制で、着実な医療体制を整えていきたいと思います。
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