放射線医療の進歩は目覚ましい。近年の技術革新で非侵襲的かつ早期の放射線診断や、いわゆるピンポイント照射といわれる高精度の放射線治療など、とりわけがんの診断・治療においては手術や薬物治療と同様に欠かせない医療の1つとなっている。
放射線医療国際協力推進機構の理事長を務める中野隆司氏のIAEAでの活動が、NPO法人設立につながった
とはいえ、その恩恵を受けられるのは、世界のなかでもごく一部である。欧米や日本など先進国においては高いレベルの放射線医療が実践されているが、アジアの途上国などはまだ先進的な放射線医療を享受できない地域は多い。放射線医療には高額な診断・治療機器や設備に加え、放射線医療を担う医師や技師が必須であり、国の経済力や医療レベルに左右されざるを得ないからだ。
このようなアジアの放射線医療のレベルアップを図り、「助かる命を助ける」をスローガンに2006年に設立されたのが、認定特定非営利活動法人放射線医療国際協力推進機構である。放射線医療者の教育養成や研究・技術協力を支援し、アジア地域の放射線医療の発展に貢献していくことを目的としている。
NPO法人設立のきっかけは、理事長である群馬大学重粒子線医学研究センター長の中野隆史氏が、2003年からIAEA(国際原子力機関)のRCA(Regional Cooperation Agreement)「原子力科学技術に関する研究、開発及び訓練のための地域協力協定」に基づく協力事業に従事し、同大学が日本国内の事務局として実行プロジェクトの調整や監督を行ってきたことに端を発している。2005年からは日本がRCA活動の保健・医療先進国としてアジア地域における放射線医療の国際協力活動に貢献するなか、より積極的かつ効果的に活動を推進するために翌2006年、同法人を設立したのだという。
「IAEAというと北朝鮮の核開発や福島の原発事故といったネガティブなイメージが強いですが、原子力の平和利用の国際協力活動にも力を入れています」と放射線医療国際協力推進機構の事務を1人で切り盛りする事務局長の藤原淑子氏は説明する。その国際協力活動の1つがRCA活動だ。
事務局長を務める藤原淑子氏。同機構のホームページやパンフレット制作など広報活動も担う
IAEAのRCA活動は、アジア地域の発展途上国を対象とした原子力科学技術の研究、開発や技術訓練などを参加国の相互協力やIAEAの協力で推進していくことを目的に、外務省や文部科学省の管轄のもと7分野(農業、医療・健康、工業、環境、エネルギー/研究炉/廃棄物管理、放射線防護、一般)で協力プロジェクトを実施している。たとえば、農業分野ではジャガイモの芽に放射線を当てて芽をなくすといった取り組みも行われているそうだ。
参加国は、技術享受国として中国、韓国、モンゴル、ベトナム、フィリピン、インドネシアなど13カ国、技術提供国は日本、オーストラリア、シンガポール、ニュージーランドの4カ国で計17カ国が参加している。同機構は保健・医療先進国の事務局として重大な役割を担っているわけである。
IAEAがアジアにおける保健・医療分野の技術開発等に力を入れるのは、アジアのがん対策が遅れをとっている現状が挙げられる。
発展途上国が大半を占めるアジアにおいても欧米並みにがん患者が増加しており、今や感染症死亡を上回る勢いだ。WHOの「世界がんレポート2014」によると、2012年のがん発症数は1,400万人、死亡数は800万人に上るが、がん患者の半数はアジアの国々である。また、がんによる死亡者の70%はアジア、アフリカ、中南米などの発展途上国に集中している。
中野氏は、「アジア地域における、腫瘍の特徴は、女性は乳がんや子宮頸がんが多く、男性は肺がん、肝臓がん、胃がんが多いことが挙げられます。そしてがんに対する認識が低いため、きわめて進行した病状の患者が多く、姑息的な治療に終わる患者が大変多くいます」と自著のなかでアジアの現状を記している。
途上国、特に地方では高額な放射線医療機器を導入できない医療施設が多い
一方、アジアの途上国における放射線医療については、国の中枢にある大学病院やがんセンターといった限られた施設には先進国並みの治療装置が設置されているものの、地方における放射線医療の環境整備は著しく遅れており、設備や診断・治療機器が高額なこともあって各国の政府からも支援が得られにくい状況にあるという。
放射線医療を担う人材も同様である。教育研修施設が少ないために放射線を扱う医師や技師の数も少なく、治療技術における施設間格差が激しい状況をつくり出している。すなわち、経済力のない患者さんは、がんの早期発見も困難であり、発見されても放射線治療をはじめとする高度医療を受けられない。
会議の様子。会員の医師は病院業務の合間をぬって全国から集まる
こうしたアジア地域における放射線医療の地域間、施設間の格差を少しでも縮めていくため、同機構が事業として行っているのは、①IAEA・RCAの保健・医療分野の協力事業による放射線医療者の教育養成や研究・技術協力支援、②FNCA(アジア原子力協力フォーラム)の国際協力活動への協力、③国際協力による放射線治療機器等の外国への供与、④放射線医学分野の国際協力活動の情報宣伝活動、⑤国内放射線医学関連学会における国際共同研究等の支援─など多彩である。
同機構の会員数はおよそ30名で、機構の目的に共感、共鳴した医師や、放射線にかかわる企業などで構成。また、会員としては登録していないが教育養成事業等をサポートする医師もいる。「会員の先生方にはいろいろなプロジェクトや会議に参加してもらっていますが、自分たちの病院の診療があるなかで時間を割いてもらって、支給されるのは交通費と日当のみ。その日当も出ないことが多いので、本当に頭が下がる思いです」と藤原さんは労う。
ほとんどボランティアに近い少数精鋭の有志による活動という面もあるが、「生まれた場所によって、適切な医療が受けられないのは切ない」(藤原さん)という思いを共有し、少しずつ、しかし着実にアジア地域の放射線医療の発展に向けて歩みを進めている。
後半では、アジアの留学生の教育研修活動や放射線治療機器の途上国への供与など具体的な活動内容を紹介する。