特定非営利活動法人ファイトフォービジョンの藤島浩理事長。鶴見大学歯学部眼科教室教授も務める
特定非営利活動法人ファイトフォービジョンは、医療が行き届いていないアジアの途上国において、白内障手術を中心とした眼科国際医療活動をおこなう目的で2007年に設立されたNPOだ。
ファイトフォービジョンを立ち上げ、理事長を務める藤島浩さんは、医学部生時代に、旅行が好きでアジア各地を旅していたという。「医者の卵だったこともあり、旅先で医療機関をのぞいてみたりしていたんです。日本の医療と比べて遅れているのが明確で、“たいへんだな”と実感しました」と当時を振り返る。
そうした旅の途中、インドネシアのジャカルタの病院で一人の日本人医師に出会う。「外科の先生で、見学をお願いしたら快く受け入れてくれ、病院を案内してくれました。その先生はJICAの医療援助でインドネシアに来ていたのです。『君も将来医者になったら、海外で医療援助をしてみたらどうだ』とアドバイスされたのを覚えています」と藤島理事長。
ただ、藤島理事長はここから一直線に国際医療援助活動に入っていったわけではない。
「実際に医者になったら、途上国のこともすっかり忘れて時がすぎていきました。研究的にはやはり先進国志向だったし、留学先もアメリカでした」
医師としてのキャリアを積んでいた2006年ごろ、同じ勤務先で後輩だった眼科医が、スリランカで紅茶製造を営む企業家の御曹司から、「スリランカの医療はひどく遅れている。眼科医だったら何か手伝ってくれないか」と相談を受けたという。その後輩は、英国の小中学校で学んだ帰国子女で、その英国の学校には、アジア各国の富裕層の子弟が多く留学しており、そのスリランカ人もそうした中の一人だった。
「スリランカは臓器提供が盛んな国で、ちょうどわれわれも角膜移植を専門に研究していた時期でした。スリランカからも角膜提供も受けていたことから、医療協力とアイバンクの普及が一緒にできれば、われわれにとっても現地の人にとっても、双方にメリットがあることだと思い、NPO設立に動いたのです」
そのような経緯から、藤島理事長や後輩をはじめ、眼科医らを中心に賛同者が集まり、ファイトフォービジョンが設立されたのだ。
実際にスリランカを訪れたところ、後輩の友人は「会社の負担で診療所を建てたい」という意欲を持っていた。友人の企業が所有する紅茶畑は、首都コロンボから南東へ50㎞ほど離れたラトナプラ県ペルマデュラという地区にあり、道路事情が悪いため車で5時間程度かかるところだった。標高の高い山の中の傾斜地に紅茶畑が広がっており、栽培に従事する人びとが住む麓の村には、白内障で失明状態となっている人が多数いた。
そこで、ファイトフォービジョンでは、現地に眼科の診療所を建て、白内障の人びとを救おうと建設準備に取りかかる。一方、アイバンク普及の面では、首都コロンボのスリランカ臓器移植センターがあったものの、医療機器が不足していることが明らかだった。日本眼科医療機器協会の協力により、日本では利用されなくなった中古医療機器を寄付してもらい、現地に輸送して届ける援助も併せて進めていった。
藤島理事長らは診療所建設予定地に3年間に5~6回は足を運んだという。日本から技術者に同行してもらい、水回りや滅菌設備はどうするかなど、現地の事情に即した具体的な設計図を作成した。また、実際に白内障を患っている現地の人びとに集まってもらい、症状や進行具合などを調べるなど、着々と準備が進んでいったのだ。
着工寸前までいった眼科診療所の設計図
いよいよ診療所建設に着工、設置する医療機器選定を始めようという段階までたどり着いたとき、スリランカ政府から、診療所建設については「VISION 2020」という視力回復、失明予防を目的としたスリランカの国家プロジェクトに集約して、自国で進めるという通達を受ける。
「紅茶会社が利益の数パーセントを出資しての事業だったのですが、国家プロジェクトに吸収されることになったのです。われわれは退かざるを得なくなり、計画した診療所建設は頓挫してしまいました。今は国の主導による診療所建設が進んでいることを期待しています」と藤島理事長は悔しがる。
スリランカ日本人会や日本領事館の協力もあり、順調に進んでいた診療所建設計画だったが、ファイトフォービジョンのスリランカでの活動は2010年をもって不本意ながら終了してしまう。
「日本では白内障が原因で失明するということはなくなったのに、途上国では貧困や医療不足のために白内障で失明している人びとが山ほどいるのが現状です。進行性のがんとは違って、的確な処置や手術をおこなえば、白内障に罹患しても目が見えるようになるんです。それがわかっているのに、何もせずに手をこまねいているのは医師として心が痛みます」
ファイトフォービジョンでは、活動の理念や目的として3つの項目を掲げている。「まずは、われわれが途上国に出向いて医療を届けること。次に、眼科の場合は治療・手術は素手ではできないので、日本から中古の医療機器を提供して、サポートすること。最後は、途上国の医療従事者を日本に招き、最新の医療技術を修得してもらい、現地の医療水準を将来にわたって引き上げること」と藤島理事長は力強く訴える。
後編では、活動の拠点をベトナム、カンボジアに移したファイトフォービジョンの活動をご紹介する。