1. AAR Japan[難民を助ける会] ― 政治・宗教・思想に偏らない、日本生まれの国際NGO ― 困ったときはお互いさま、の精神 ~後編~

社会貢献ジャーナル

AAR Japan[難民を助ける会] ― 政治・宗教・思想に偏らない、日本生まれの国際NGO ―
困ったときはお互いさま、の精神 ~後編~

きっかけは英語への憧れとアメリカ留学

AAR Japan理事・支援事業部長 名取郁子さんAAR Japan理事・支援事業部長 名取郁子さん

前編では団体としてのAAR Japanの活動について概要を紹介した。後編では現在、理事・支援事業部長として16カ国でのAAR Japanの支援活動を支える名取郁子さんの経歴を振り返ることにより、国際協力に携わる方々はどのような想いで支援を行っているのかを探ってみたい。
名取さんが国際協力に携わるようになった原点は、中学生の時に魅了された英語。留学したいという想いを胸に勉強を続け、念願かなって大学時代に派遣留学でアメリカへと飛ぶ。そこで知り合ったアジア・アフリカからの留学生に聞いた話に心を動かされたという。

「それまではアメリカとかイギリスとか先進国にしか目を向けていなかったのですが、命からがらインドシナ紛争から逃げてきた方の話を聞いた時、世の中はなんて不公平だ、私はなんてラッキーなのだろう、と実感しました」
一方で、留学を終え、帰国後に一般民間企業に勤めることとなった名取さんはこう続ける。
「私自身も、困難の中にいる方々のために何かしたいという強い想いはありますが、それだけが現在の仕事を選んだ理由かと問われると、そうではなかったのかなと感じます」

人助けというなら、医師・看護師・消防士など他にたくさんの道もある。しかしそれ以外の色々な動機もあったことが、現在の道へとつながった理由。また国際協力に携わっている他の方に聞いてみても、元冒険部、たまたま大学の専攻が中東地域、などときっかけは人それぞれということを名取さんは教えてくれた。

英語を極めたいという想いとボランティア活動

1995年、民間企業に勤めていた名取さんは、阪神・淡路大震災の際にボランティアを経験する。会社を休んで被災地に赴いたが、仕事の都合から長く休むわけもいかず、1週間ほどで活動は終了。
会社に勤めながら空いた時間にボランティア活動を続けるという道もあったが、フルタイムで活動に関わりたいという意思が強まり、28歳の時に退職し、モザンビークでのボランティア活動に1年間参加する。

その後、英語を活かして仕事をしたいと外務省のJPO派遣制度(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー、国際機関への派遣制度)を目指す傍ら、イギリスのサセックス大学大学院に進み開発学修士を取得する。
同制度により国際機関に派遣されることになった名取さんは、国連ユニセフ職員としてアンゴラに赴く。英語学習への意欲と、困っている人たちの力になりたいという想いが合わさって、国際協力に携わることになったのだ。

アンゴラでの支援活動で知る現実

国連ユニセフの職員としてアンゴラに派遣された名取さんは、首都のルアンダで保健・栄養部職員として2年、モニタリング評価部門で1年間勤務する。
保健・栄養部では報告書作り、NGO向けの資金提供、資金管理、政府との交渉などに携わり、モニタリング評価部門では同地における教育、医療などの状況を調べる調査を行った。「オフィスでPCの前に座っている時間が長く、不満ではありました」と語る名取さんだが、内戦中のアンゴラの厳しい現状を知る。
「毎日のようにどこで何人亡くなったとかのニュースが流れ、一方で非常に大きな貧富の差を感じさせられました。首都に流入する国内避難民の厳しい生活状況など、日本と比べるとまったく別世界の出来事のようでした」

3年間の派遣期間を終えた名取さんは、それまで携わった資金の出し手という仕事から、資金を受ける方のNGO団体へと活動の場を移す。
「NGO団体などでプロジェクトマネージメントを学んでから国連に入る人が多いのですが、私は中途半端な経験のまま入ってしまったので、支援事業を身体で分かっていなかったのです」と理由を明かす。
現場に入りたいという意思は強く、NGO団体で働き始める時も「田舎に行かせてください」とお願いしたほど。名取さんは紛争後の東ティモールの現地駐在員事務所代表となり、予防可能な疾患を予防するための保健教育促進プロジェクトを行った。

地雷対策事業と帰還・定住支援

AARアンゴラ・ルアンダ事務所近所の子どもたちと名取氏AARアンゴラ・ルアンダ事務所近所の子どもたちと名取氏

一方で、国連ユニセフ職員として3年間を過ごしたアンゴラでまた仕事がしたいという想いはずっと心にあったという。そんな中、AAR Japanがちょうどアンゴラでの職員募集をしていることを知り、応募することに。
「よく聞かれるのですが、AAR Japanに入ったのはたまたまなのです(笑)」
自分の想いに正直に仕事を選んで行った結果、現在の職に至ることになったのだ。

1975年のポルトガルからの独立以降、長い内戦により45万人もの難民が国外に流出していたアンゴラ。2002年4月の停戦を受け、隣国ザンビアで支援していたアンゴラ難民が母国へ帰国することになった。そのため2003年11月にルアンダに事務所を開設したAAR Japanは、現地で地雷対策、地雷被害者移送支援、帰還民支援、マラリア予防などの支援を開始。2006年7月からアンゴラ駐在となった名取さんは、主に地雷対策事業を担当した。

その後名取さんは南部スーダン(当時)に移り、事務所駐在代表として活躍する。南部スーダンでも55万人以上の難民が発生しており、人々の帰還・再定住支援のためAAR Japanが行っていた水、衛生、保健の分野で支援活動を行った。
「難民たちが帰ってきた時に最低限の生活が可能となるように、井戸を建設したり簡易宿泊所を建てて運営したりしました。生活ができないと難民キャンプに戻ってしまうので、井戸のような給水設備や診療所のような基礎的生活インフラの整備が必要でした」
2年3カ月と14日の活動を終えて日本に帰国する際、南スーダン人のドライバーからかけられた声が印象的だと名取さんは振り返る。
「これからあなたは日本に帰る。日本に帰ったら見たことを伝えて欲しい」

支援のプロとしての矜持

日本は大国で、日本で生活していくうえでは日本語だけでよくて、外国の動きをそれほど気にしなくても普通に生活ができる。
「それはラッキーなことですけれど、世界はすごく小さくなってきて、地球の裏側で起こったことも、まったく影響がないということが少なくなっています、知らないでは済まされないのかな、と感じています」
名取さんが現在行っている勉強会や講演会では、なるべく別世界での話ではないということを聴講者に感じてもらえるように努力しているという。

スーダンで行われた地雷回避教育の様子スーダンで行われた地雷回避教育の様子

また、国際支援にあたる心構えも語っていただいた。
「私たちは支援のプロなので、プロならではの仕事をしなければならないのです。活動場所は途上国で、保健や教育、福祉の分野に携わっています。日本で受けるこれらのサービスは、私たちが払った税金を使って提供されるもの。でも国際協力においては、お金の出し手と受益者が違うのです。日本では、私たちは受けたサービスに文句を言えるけれど、途上国で国際協力を通じて提供されるサービスにおいては受益者がお金の出し手ではないこともあって、文句を言いにくい。だからこそ、支援のプロとしての自覚、モラルをしっかり保って、支援を提供しなければいけない」

どういう国籍の人であれ、人間として享受すべき権利を持っている。それは教育であり、保健であり、地雷の危険から身を護ること……。それを何らかの理由で享受できない場合は、人として支えてあげなければならない。このスタンスを間違えないようにしないと、国際協力はうまくいかないのだと名取さんは強調した。

また、日本でいると一人で生きていけるような錯覚に陥って、人を助けるという気持ちになりにくいのでは、と言う。
「南スーダンなどのずっと低開発状態に置かれていた地域に身を置いてみると、本当に何もないのです。銀行はおろか舗装道路もない、携帯電話も通じない。そういうところでは、人の助けがないと自分が生きていけません。そういうところに身を置いてみると、自然と、困ったときはお互いさま、になるのではないでしょうか」

AAR Japanに入ったのは「たまたま」と言う名取さんだが、団体創設者のメッセージと同じ言葉が、たまたま出てきた。
AAR Japanは、「困ったときはお互いさま」の互助の精神に基づき、一人ひとり、個性をもった多様な人間が自然と共存しつつ、人間の尊厳をもって共生できる社会の実現を目指していく。

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