1. アジアの母と子を健康面で支える国際保健医療支援活動 ~前編~

社会貢献ジャーナル

アジアの母と子を健康面で支える国際保健医療支援活動 ~前編~

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カンボジアでの妊産婦死亡率「半減」に草の根で貢献

「すべての人が、健康で希望を持って暮らせるように」
それが、保健と医療の分野での国際支援に取り組む認定NPO法人「ピープルズ・ホープ・ジャパン」(略称・PHJ)の活動理念である。

PHJはそもそも、米国に本部を置く国際NGO「Project HOPE」(プロジェクト・ホープ)の日本支部として1997年に設立された。"本家"のプロジェクト・ホープは、世界中の「命」を救うために活動する組織で、現在では西アフリカで猛威を振るう「エボラ出血熱」危機にも果敢に取り組んでいる。

PHJはその"分家"であり、当初は「プロジェクト・ホープ・ジャパン」と名乗っていた。1999年に特定非営利活動法人の認証を受け、2001年には認定NPO法人の第一号となる。そして2006年、プロジェクト・ホープとの協力関係は継続しつつ独立。その際、略称の「PHJ」をそのまま使えるようにと、組織名を「ピープルズ・ホープ・ジャパン」と改称し、活動を続けている。

PHJカンボジア事務所の元所長・中田好美さん。ロンドン大学で公衆衛生を学んだ経験もある開発の専門家だ。現在は東京のPHJ本部で「海外事業マネージャ」を務める。PHJカンボジア事務所の元所長・中田好美さん。ロンドン大学で公衆衛生を学んだ経験もある開発の専門家だ。現在は東京のPHJ本部で「海外事業マネージャ」を務める。
インドネシアに出張した際の中田さん。インドネシアに出張した際の中田さん。
カンボジアの「衛生教育」活動の様子。女性だけでなく、男性や子どもたちも参加する。カンボジアの「衛生教育」活動の様子。女性だけでなく、男性や子どもたちも参加する。

PHJは本部を東京に置き、アジア各国で医療支援を展開している。主な活動の舞台は、タイ、インドネシア、カンボジア、ベトナムなどだ。そのひとつ、カンボジアに2006年から5年間滞在し、PHJの現地事務所長を務めた中田好美さんに話を聞いた。

カンボジアに派遣された中田さんが驚いたのは、出産で命を落とす女性の数があまりにも多いことだ。中田さんが着任する前年の2005年におけるカンボジアの妊産婦死亡率は、10万人当たり470人。この数字を日本で例えれば、明治時代の出産状況と同じレベルである。医療技術や医薬品を提供したり、医師を現地に派遣したりする以前に、妊婦を取り巻く環境を根底から改善する必要があるのは、火を見るよりも明らかだった。

特に問題だったのは「衛生面」である。カンボジアの女性たちの大半は、不衛生な自宅で、不衛生な井戸水を使って出産していた。出産前や出産時に医師の診察を受けることもなく、助産師も少ない。

こうした状況の背景には、長く続いた内戦により、1979年の内戦終結時には医療従事者がほんの数名しかカンボジアにいなくなっていたということがある。医師や教師といった専門家や知識人は、内戦当時のカンボジア政府(別称「クメール・ルージュ」)から命を狙われ、大虐殺に遭っていたのだ。

「そこでカンボジア政府は、妊産婦死亡率を2015年までにおよそ半分の『10万人当たり250人』にまで減らすことを目標に掲げました。病院施設や医療機器の整備や、助産師をはじめとした人材育成に取り組んだおかげで、2010年には目標を超える『10万人当たり206人』まで減らすことに成功したんです。次の目標として、この数をさらに同140人にまで減らすことを目指しています」(中田さん)

出産時の危険が高ければ同時に赤ちゃんも危険に晒される

とはいえ、「10万人当たり206人」という妊産婦死亡率は、太平洋戦争に日本が突入した昭和16(1941)年頃のレベルである。ちなみに、2012年時点の日本は「10万人当たり4人」だ。この差を少しずつでも着実に縮めるべく、カンボジアでのPHJの草の根での取り組みは続いている。

医療の知識が備わっていない「助産師資格のない産婆」による出産も、妊産婦死亡率を上げる原因だとして、現在のカンボジア保健省によって禁止された。だが、カンボジアの農村では、日本で受けられるような出産時のサポートや医療環境など、望むべくもない。貧困のためもあり、「民間療法で十分」と考える人も多い。従って、自宅での出産は今なお、なくなってはいない。産婆が出産を介助するケースでは、難産や多量の出血といった不測の事態に対応できず、妊婦が命を落とす結果にも直結する。

出産時の危険が高いということは、同時に赤ちゃんの命も危険に晒されることを意味する。出産でお母さんが亡くなれば、生まれてきた赤ちゃんのケアをする人がいなくなり、病気にかかりやすくなる。その結果、赤ちゃんの死亡率も高くなるのだ。

妊娠や出産には、その地域の社会的な慣習や文化も密接に絡んでいるため、地域医療の質の向上と並行して、住民たちの意識変革も同時に進めていかなければならないわけだが、「これが容易ではないんです」と、中田さんは言う。

「知識の普及」の前に立ちはだかった意外な"価値観"

カンボジアの現地スタッフが家々を訪問して行われる母子保健教育活動の様子。絵本や紙芝居を積極的に活用している。カンボジアの現地スタッフが家々を訪問して行われる母子保健教育活動の様子。絵本や紙芝居を積極的に活用している。
カンボジアでの活動を現場で支える「保健ボランティア」たちの会議。カンボジアでの活動を現場で支える「保健ボランティア」たちの会議。
活動地の保健センターで保健スタッフたちと打ち合わせをする現在のカンボジア事務所長・市原和子さん(写真左)。活動地の保健センターで保健スタッフたちと打ち合わせをする現在のカンボジア事務所長・市原和子さん(写真左)。

出産に関する情報は、文字や文章ではなかなか伝わりにくいところも多いうえに、農村地域では識字率も高くない。そこでPHJでは、絵本や紙芝居を積極的に活用した。いわば「口コミ」で、安全な出産のための知識を広めていこうという作戦だ。

しかし、ここで想定外の問題が浮上する。独特なカンボジア人の"気質"が、知識の普及の前に立ちはだかったのだ。

「カンボジアの医療従事者の話なのですが、せっかく出産の安全について学んだことを、先輩が後輩に教えたり、その知識を積極的に医療現場に広めていこうという気持ちが、現地の医療スタッフたちから当初、全く感じられなかったんですね。『学んだ知識は自分のもの』といった価値観を持つ傾向があるようでした」(中田さん)

カンボジアの医療スタッフたちにそんな"気質"があるとは、実際に医療支援で地域に入り込んでみて初めてわかること。だが、PHJは怯まなかった。時間をかけてそんな医療スタッフらを説得する一方で、地元の産婆たちにも医療支援活動に参加してもらい、「保健センター」と呼ばれる地域医療拠点を利用するよう、産婆からも妊産婦たちに勧めてもらったのである。こうした地道な活動の積み重ねの結果、地域の病院や保健センターでのサービス利用は向上し、ひいては妊産婦死亡率「半減」達成に貢献していったのだった。

カンボジアでの5年間の勤務後、中田さんはロンドン大学に留学する。公衆衛生について学ぶためだった。そうした経験も踏まえたうえで、中田さんはこう語る。

「カンボジアの現地で必要とされているのは、医師などが持っている『医学の専門性』ばかりではなく、例えば、医師に診てもらおうと思わない村人たちをいかにして病院まで連れてくるか、という環境づくりも、大変重要なんですね」。たとえ保健や医療の専門知識を持っていない人であっても、やれることは山ほどあるというのだ。

次回は、他のアジアの国々でも展開されるPHJの活動に迫る。(後編に続く)

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