1. 「世界の医療団」が進める被災地支援「福島そうそうプロジェクト」 ~前編~

社会貢献ジャーナル

「世界の医療団」が進める被災地支援「福島そうそうプロジェクト」 ~前編~

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被災者の精神的ケアのため、長期的な支援態勢をつくる

「世界の医療団」は、1980年にパリで発足した、世界各地に医療・保健衛生分野の専門スタッフを中心に派遣し、人道医療支援に取り組む国際NGOである。パリ本部の他に、日本をはじめ、世界の14カ国に事務局を持つ。日本の事務局は東京都港区にある

東日本大震災で福島県浜通り北部の相双地区の医療態勢は崩壊した。世界の医療団は、この相双地区における精神科医療の復旧をめざし、「福島そうそうプロジェクト」を2012年2月に開始し、現在も引き続き推進している。このプロジェクトは、地元の医療・福祉関係者が設立したNPO法人「相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会」が運営するケアセンター、メンタルクリニックに精神科医や看護師を派遣することにより、被災者の心のケアを行うものだ。
前編では、世界の医療団がこのプロジェクトを開始するまでの経緯について見ていく。震災直後、現地に入った小綿一平医師の活動から辿ってみよう。

避難所で心のケアに奔走する医師

神奈川県から駆けつけた小綿医師は「心のケアチーム」に参加、仮設住宅の往診も行った。神奈川県から駆けつけた小綿医師は「心のケアチーム」に参加、仮設住宅の往診も行った。

母親は津波で子どもを失ったときのことを淡々と話した。私はただ黙って聞いているしかなかった。東日本大震災直後、支援のため被災地に入った精神科医、小綿一平医師は、避難所を往診したときのことが忘れられない。

当事、勤務医をしていた小綿医師は、震災後すぐに「自分にできることはないか」とボランティア先を探した。はじめは物資の輸送などを手伝っていたが、専門である精神科医療を活かせる支援をしたいと思っていた折に、福島県立医科大学の丹羽真一教授(当時)が率いる「心のケアチーム」の活動を知り、チームに参加した。

相双地区は、福島県の浜通り北部に位置し、相馬市、南相馬市、相馬郡(新地町、飯舘村)、双葉郡(富岡町、川内村、楢葉町、大熊町、双葉町、浪江町、広野町、葛尾村)で構成される。2011年3月11日に発生した東日本大震災では、この相双地区を震度6の揺れが襲った。地震およびその後の津波による死者はこの地域だけで1,607人に上る。

さらに、地震と津波で発生した福島第一原子力発電所の事故により、発電所から20km圏内にある南相馬市、川内村、浪江町、楢葉町、葛尾村の一部と、双葉町、大熊町、富岡町の住民は、避難を余儀なくされた。
原発事故によって避難指示が出された地域から、多くの人々が相馬市に避難した。相馬市では、地元で被災した人たちと避難者の精神的ケアが急務となったが、相双地区は精神科の病院、クリニックすべてが閉鎖され、精神科医療態勢は完全に失われていた。

そんな中、丹羽教授は、厚生労働省が被災各地に派遣した「心のケアチーム」の一つを率いていち早く支援に入り、相馬市を拠点に、全国から集まった精神科医たちと協力、被災者の診療にあたった。小綿医師が参加したのはこのチームだ。
チームは相馬市の公立病院に臨時の診察室を開設し、外来患者を受け入れるとともに、避難所への往診も行った。プライバシーのない避難所では、つねに人の目にさらされ、少しの物音にも気をつかう。被災による心の傷に加え、避難生活のつらさ、そして将来への不安から、多くの人が心のケアを必要としていた。

精神科医は、こうした人々の声に耳を傾け、適切なカウンセリングを行い、薬が必要であれば処方をする。だが、小綿医師は、千年に一度といわれる大震災が人々の心に残した傷の深さに直面し、医療の限界を感じることもあったという。「お子さんを津波で流されたお母さんのお話をうかがいました。淡々と話される姿に、返す言葉もなく、ただ拝聴することしかできませんでした。私たち精神科医が何か特殊なマジックのような治療法をもっているわけではありません」と小綿医師。

しかし、家族や知人にも話せない心のうちを医師や看護師たちに語ることで、被災者は考えや気持ちを自ら整理していくことができる。それを繰り返すことで、少しずつ前に進む力を取り戻して行く。これも精神科医療の一つの重要なあり方だ。つまり、被災者の心のケアのためには、長期的な支援が必要となっていたわけだ。それには、被災直後の活動である「心のケアチーム」だけでは、支援し続けることはできないということになる。

長期的な支援体制へ、支援者がクリニックを開設

小綿医師は現在、月1回のペースで相馬市に通い、クリニックで診察を行っている。小綿医師は現在、月1回のペースで相馬市に通い、クリニックで診察を行っている。

小綿医師の思いは、チームの多くのメンバーの思いでもあった。長期的支援のため、2011年の冬、福島県立医科大学の神経精神医学講座が中心となり、医師、看護師などの当事者、支援者、グループホームや作業所の職員、医療関係者、地域の保健行政に携わる人たちなどが参加して、NPO法人「相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会(以下、つくる会)」(理事長・大川貴子 福島県立医科大学看護学部准教授)が設立された。
そして、「心のケアチーム」の活動を引き継ぎ、相双地区での長期的な支援を続けることになった。

2012年1月には相馬市に、活動拠点となる「相馬広域こころのケアセンターなごみ」と、医療法人「メンタルクリニックなごみ」がオープン。ケアセンターなごみとメンタルクリニックなごみが緊密に連携して相双地区のこころの問題に対応していく態勢がつくられた。

世界の医療団が、つくる会から医師、看護師の派遣要請を受けたのはこの時期にあたる。世界の医療団は、2012年2月から「福島そうそうプロジェクト」を開始。診察や往診、訪問看護にあたる精神科医と看護師の派遣をスタートさせた。その派遣日数は2014年6月までの約2年半で延べ178日に及び、治療やケアを受けた人は2344人に達した。開業して神奈川県で精神科・心療内科クリニックの院長をしている小綿医師は、世界の医療団の一員として、現在も支援に参加している。

福島そうそうプロジェクトの活動は3年目に入り、新たな課題も浮かんできた。震災直後と比べ、被災者を取り巻く状況が複雑化し、より個別の患者支援が必要になっている。そして現在、つくる会と世界の医療団は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や自殺、アルコール依存症など、個別のケースを包括的にケアするための態勢づくりに向けて動き出している(~後編~につづく)。

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