1. 【第15回】気がつけば39年、離島医療に魅せられた半生 ~『Dr.コトー診療所』×瀬戸上健二郎(下甑手打診療所 前所長)~

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【第15回】気がつけば39年、離島医療に魅せられた半生
~『Dr.コトー診療所』×瀬戸上健二郎(下甑手打診療所 前所長)~

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『Dr.コトー診療所』山田貴敏(作者)
テレビドラマ『Dr.コトー診療所』(出演・吉岡秀隆、柴咲コウ、時任三郎 ほか)

『Dr.コトー診療所』

東京の大学病院に勤めていた五島健助は優秀な医師だったが、ある理由から離島の古志木島の診療所に赴任する。島はしばらくの間、無医村状態で、看護師の星野彩佳がいるだけだった。五島は星野から、診療所に来る患者は少なく、来ても応急処置だけを受けた後、船で6時間かけて本土の病院へ行くことを聞かされる。五島が診療所に来てからもなかなか患者が来なかった。ある日、島に来るときに船へ乗せてくれた漁師・原剛利の息子が最初の患者となり、これを見事な手術で助ける。原はお礼として診療所に看板を贈るが、名前を間違えられてしまう。看板は「ゴトウ」ではなく「Dr.コトー診療所」となっていた。それ以後、五島はその人柄により、徐々に島民の信頼を得ていくことになる。
漫画『Dr.コトー診療所』は、2000年から「週刊ヤングサンデー」(小学館)で連載開始、2008年から「ビッグコミックオリジナル」へ移り、2010年10月から連載休止中。2004年小学館漫画賞受賞。
テレビドラマ『Dr.コトー診療所』は2003年にフジテレビ系列で毎週木曜日に放送。2004年に「特別編」と「Dr.コトー診療所2004」が放送。2006年第2期として放送。橋田賞(第12回、第15回)、第44回ギャラクシー賞特別賞、第38回ザテレビジョンドラマアカデミー賞受賞。

半年間の腰掛けのつもりだった

瀬戸上 健二郎 氏

手打診療所に赴任したのは37歳、1978年でした。診療所は、鹿児島県の北西部、串木野港から沖合約50キロ、甑島(こしきしま)列島の最南端、下甑島(しもこしきしま)にあります。テレビドラマでは沖縄の八重山列島の架空の島の設定で、ロケ地となったのは与那国島でしたが、それらに負けずとも劣らない風光明媚な島です。本土からは高速船で1時間半、貨物船なら3時間ほど、離島そのものです。離島医療は鹿児島大学の第一外科にいたインターンのときに奄美大島で4か月ほど経験したのみでした。

国立の病院を辞めて、半年後に開業する予定でした。すでに開業地の800坪は購入していましたし、医院の設計図もできていました。いわば腰掛けのつもりで、新婚の妻を連れて赴任したのです。しかし、そのまま島を離れなかった、いや、離れられなかったのは、私の優柔不断さもあるのかな……、僻地医療をやり出したら面白いんですよ。

かつては「来年こそは辞める」「来年こそは絶対に辞める」と思っていて、実際に役場の担当者には「いつ逃げ出すかわかりませんから」と憎まれ口を叩いていましたが、気がついたら39年です。島には「島酔」という言葉があります。酒に酔うように島に酔って、時が経つのを忘れてしまうことですが、本当に島酔の39年でした。医師になって良かった、島に来て良かった。そんな思いを何度も経験しました。

離島や僻地、無医村のところに医師が行けば大歓迎してくれます。しかし、だからといってすぐに信頼してもらえるわけではないんです。信頼関係は簡単にはできません。信頼関係は実績を示しながら、時間をかけてつくりあげていくものなんです。

島に来たばかりの頃、診療所はウミガメが産卵にやってくる砂浜の前にありました。医師は私1人、看護師と事務員2人ずつの5人体制。設備が何もなくて、患者さんに手術を勧めたら「こんなところで手術はイヤです」と言われたこともありました。

病床は6床あったものの、給食も寝具もなく、手術台はサビていて、麻酔器もなし。入院患者さんは布団と鍋釜を持参です。それまで、本土ならば治療可能だった患者さんが、島でずいぶん亡くなっていました。「手術したくない」と思われても仕方ありません。私も当初は手術できるか不安でしたからね。

盲腸手術の失敗が医師への道を切り開くことに

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