1. 伊藤 達朗 医師(岩手県立大船渡病院院長)
伊藤 達朗 医師(岩手県立大船渡病院院長)

伊藤 達朗 医師
(岩手県立大船渡病院院長)

「住民」「自治体」「医療者」の対話が被災地の地域医療を建て直す鍵

東日本大震災の大津波により、多くの医療機関が被災した岩手県太平洋沿岸地域。県の内陸部の中核病院、さらには全国の医療機関による支援により、地域医療崩壊の危機は免れたものの、現在に至っても医師不足、その偏在など、岩手県の地域医療を取り巻く問題は解決途上にあります。
その状況下で、適切な医療体制を築くためには、「住民」「地元自治体」「医療者」間での、情報の共有、信頼関係の構築から始めるべき、と語るのが県内の県立病院で長年勤務し、現在は震災で被害を受けた県立大船渡病院院長の伊藤達朗氏。三者による対話を進めながら、地域医療の理想形を模索している伊藤氏にお話を伺いました。(本文中、敬称略)

プロフィール

伊藤 達朗(いとう たつろう)

1956年岩手県生まれ。1981年自治医科大学医学部卒業、岩手県立宮古病院、岩手県立山田病院、岩手県立久慈病院、岩手県立二戸病院勤務を経て2007年岩手県立千厩病院院長。
2012年より岩手県立大船渡病院院長。日本外科学会専門医・指導医、日本消化器外科学会認定医、がん治療認定医暫定教育医、日本緩和医療学会暫定指導医、日本メディエーター。協会認定院内医療メディエーター(トレーナー)

震災直後は内陸の病院として後方支援に尽力

― 内陸の県立千厩病院院長(当時)時代に、東日本大震災発生を経験されています。そのときの震災対応について伺えますか。

伊藤 千厩病院自体は震災による被害はほとんどありませんでしたが、岩手県内は沿岸部を中心に多くの医療機関が被災。その一方、被災を免れた病院には患者さんが殺到し、地域医療がパンク寸前の状態に陥りました。そうした中、千厩病院は内陸部の中核病院として、被災病院の後方支援に徹しました。
結果的には、地震の揺れで建物が損壊し、診療停止に追い込まれた、同じ医療圏の「県立大東病院」、県境をまたいで宮城県の「気仙沼市立本吉病院」、さらに千厩病院から最も近い沿岸部の基幹病院である「県立大船渡病院」から、計100人程度の入院患者を受け入れました。

私は阪神淡路大震災直後、現地を訪れた経験があるのですが、そのときに学んだのは、トップの対応次第で状況が大きく変わるということ。今回の震災では、いかに被災病院の状況やニーズを把握し、効果的な支援ができるかという点に腐心しました。
例えば、大船渡病院への支援に際しては、こちらで市のバスをチャーター。行きの車内には、当院の医師や看護師、職員が乗車し、現地で医療活動に従事、帰りは約30名の入院患者を乗せて戻ってくるなど、支援先に負担を掛けない、実効性のある支援方法を工夫しました。

― 昨年度からは、大船渡病院の院長に就任されました。
どういう点に留意して病院全体のマネジメントを行っていますか。

伊藤 まずは、職員のモチベーションを上げることから着手しました。職員は震災直後から、患者や地域住民のため、ひたすら医療の提供に努めてきましたが、実のところ職員自身も被災しています。震災後数カ月間の彼らの疲労や心理的ストレスは並大抵のものではありません。医療に従事することの目標や意義を見失いがちになっていた人も多かったはずです。そこで、私が着手したのは医療サービスに従事することの意味づけでした。

私が尊敬する、米国の医学教育の基礎をつくったウイリアム・オスラー医師の言葉を引用しながら、「職員としての基本姿勢」を策定したほか、行動目標として「GTR」(「Greet・挨拶する」「Thank・感謝する」「Respect・敬意を払う」)を掲げました。医療者としての原点を再確認、新たな気持ちで患者さんに接してもらうことに腐心しました。
さらに「優しさと信頼のある医療の実現」を旗印にした、新しい病院理念も策定。ヘリポートの整備、医師や研修医の招聘など、新施策も進んでいます。

地域医療の建て直しは信頼関係の構築にかかっている

― 岩手県内の地域医療の現状について教えてください。

伊藤 岩手県は、震災以前から、地域医療の中核を担う県立病院の医師数も減少するなど、医師不足が常態化していました。私自身、自治医科大学卒業後、岩手県内の沿岸地域を中心に、多くの県立病院に勤務してきましたので、そうした動向は肌で感じていたものです。
例をあげれば、前任の千厩病院では、常勤医6人で110床の病院を切り盛りしていましたし、現在の大船渡病院では「救命救急センター」機能を有しているものの、専門の常勤医さえいません。全医師で手分けして対応している状態です。

このような状況の中で、震災前から県の医療局を中心にさまざまな計画やプロジェクトが進められてきましたが、その効果が表れる前に東日本大震災が発生してしまいました。現時点では、全国から派遣されている医師のおかげで、むしろ震災前よりも医師数が増えている病院もありますが、適切な地域医療体制の構築に向けて、抜本的な打開策はまだ見えていません。

― そうした中で、どのように地域医療再建の青写真を描いていくべきだと思いますか。

伊藤 地域医療は、「住民」「地元自治体」そして「医療者」の三者の関わりによって成り立ちます。まずはこの三者が胸襟を開いて、徹底的に対話を重ね、あるべき地域医療の将来像を共有することが大切だと考えています。
特に住民との対話は欠かせません。というのも、もともと医療者と住民の間には考え方に大きな隔たりがあるんですよ。
例えば医療者は専門職としての観点から、科学的思考や医療の不確実性という原則に基づいて物事を判断する傾向がある。すると、どうしても、一般市民の感覚からかけ離れてしまいがちです。その考え方の違いが、誤解を生む場合も少なくないのです。

事実、住民の中には、地域の中核病院に不信感を抱いている方が相当います。病院は信頼できない、何か隠し事をしているはずという固定観念で物事を見てしまっているのでしょう。
だからこそ、双方が互いの考えや取り巻く現状を理解し、誤解や思い込みを解消するための共通の土壌が必要ではないでしょうか。それが両者の関係を再構築する近道だと思っています。
私自身はそうした観点から、これまで住民の皆さんを対象に、地域懇談会や出前医療講座を開くなど、住民の皆さんとの対話の場づくりに力を入れてきました。

心和む活動を展開しているボランティアの存在も重要

― 対話を行うことで、どのような効果が生まれましたか。

伊藤 もちろん、最初のうちは住民の皆さんからご批判を受けることも多くありました。しかし、「クレームこそ宝」というのが私の考え。病院に対して、どういう考えをもっているのかを把握できますし、参考になる提言は積極的に取り入れて、病院改革につなげることもできます。
さらに、こちらの側からも、病院を取り巻く環境や課題を開け広げにすることで、病院の問題点に対する理解を促すことができます。

現に千厩病院時代には、こうした対話によって強い信頼関係を構築することに成功。住民の皆さんも、病院の現状について理解を深めることで、逆に自分たちで病院を盛り立てようと、ボランティア組織を結成して、花壇の手入れ、患者さんの自動受付機や会計機の操作補助、入院患者さんへの本の朗読など、さまざまな支援をしていただけるようになりました。
現在の大船渡病院でも、地域懇談会を開いているほか、院長として市役所や関係機関を訪問し、信頼関係の構築に努めています。こうした機会をさらにつくっていくことが必要だと感じています。

― 「医療者」といっても、中核病院と診療所では立場や考え方も異なります。
病診連携の重要性が叫ばれていますが、開業医との関係構築についてはどんなお考えをお持ちですか。

伊藤 今の時代は一つの病院だけで医療を完結することはできません。地域完結型の医療が必要ですが、開業医はその際の重要なパートナーです。確かに中核病院と診療所では立場は違いますが、「地域医療への貢献」という基本方針はお互いに共有しています。そのための手段や手法に違いがあるだけです。
ですから、開業医とも対話を重ねて、互いの事情を理解しながら、双方が納得できる着地点を探していかねばなりません。私も大船渡医師会の副会長という立場を生かして、開業医の先生方との会合にはできるだけ参加するようにしています。

臨床研修医が働きやすい環境づくりに注力

― 医師不足の解消のためには、研修医を含め、若手医師の招聘も重要ですね。

伊藤 医師不足の背景として、2004年から導入された「新医療臨床研修制度」の影響を指摘する声もあります。確かに、その影響は否定できないでしょうが、それが根本の問題とはいえません。岩手県内の医療機関ではそれ以前から、医師不足が進んでいましたからね。
むしろ、新制度が始まって以降、各病院が研修医を独自に募集し、成果を上げるなど、よい面も出てきています。大船渡病院でも「臨床研修医を地域で育てる」を旗印に、臨床研修医が働きやすい環境の構築を目指しているところです。研修医募集のHPやパンフレットなども充実させていますが、昨年マッチング100%を実現できたのは大きな自信になりました。

― 被災地の病院で働くことは、若手医師においても意義深いことでは。

伊藤 地域の実情に合わせて、住民や患者さんに寄り添いながら、地域医療の再建に向けて努力する。その中に身を置くことで、若手医師も多くのことを学ぶはずです。ですから、臨床研修医に限らず、多くの若手医師に被災地の医療現場に足を踏み入れてほしい。地域医療の再建に力を貸してほしい。必ずや得難い経験を積むことができるでしょう。

― 今後の展望についてお知らせください。

伊藤 「住民」「地元自治体」との対話を重ね、今後の地域医療の基盤をさらに強固にしたいというのが一番の目標。さらに、これから脳血管疾患や虚血性疾患の発症が増えることが予測されているので、リハビリ機能の充実などもぜひ、地域全体で進めていきたい。

またチーム医療の推進も目指しています。電子カルテが普及し、チーム全体で情報共有・認識できるようになるなど、推進できる環境が整ってきました。医師主導の「寄りかかり型」のチーム医療ではなく、各専門職がそれぞれの専門性を発揮できるチーム医療を当院に根付かせたいですね。

文・成田春樹、Photo by S.Shimizu