1. 全国に広げよう!医科・歯科のタッグ

全国に広げよう!医科・歯科のタッグ

がん治療に必要な「歯科」の視点

静岡がんセンター静岡がんセンター「おもしろいと思う。やってみよう!」
静岡県長泉町の県立静岡がんセンターでは、毎週月曜の午後6時から歯科口腔外科のカンファレンスが始まります。多いときには2時間近くをかけて、40人ほどの患者さんについて検討するといいます。
カンファレンスを仕切るのは、百合草健圭志部長。スタッフから出された治療方針の提案が有効だと判断すれば、百合草さんはどんどん背中を押すことにしています。
「それが責任感につながる。わたし自身そう育てられましたから」。

近年、医科歯科連携の重要性が、がん治療などの分野で注目を集めています。研究により、周術期の口腔ケアが医療の質を格段に高めることがわかってきました。たとえば、頭頸部がんで再建手術(マイクロサージャリー)を実施した症例での合併症の発症率は、事前に口腔ケアを「実施しない場合」が64%。「実施した場合」にはこれが16%に下がります。

手術前の口腔ケアが肺炎の合併や化学療法にともなう口腔トラブルを抑える効果があることもわかっていて、同院では、食道がんの周術期のクリニカルパス(診療計画)に「初診時からの口腔ケア」を組み込み、現在では手術前後に県内の歯科医師ら約600人と連携を組んでいます。

“静がん”の医科歯科連携をスタンダードに

静岡がんセンター 歯科口腔外科の役割静岡がんセンター 歯科口腔外科の役割
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同院の歯科口腔外科では、手術、抗がん剤、放射線、骨吸収抑制薬などによるがん治療を控えた患者さんの口腔機能をスクリーニング(評価)し、口腔ケアを提供します。治療の後遺症で口腔内のトラブルが発生したり、手術後に肺炎を合併したりするのを、医師や看護師など医科のスタッフと連携して防ぐ(支持療法)という大切な役割を担います。
カンファレンスでは歯科医師や歯科医師レジデントらが提案や意見交換をし、患者さん一人ひとりの情報を共有します。がんの治療が本格的に始まるとできることが制限されるため、与えられた時間のなかでまず何をやるべきか、優先順位の見極めが重要です。

病院内での歯科医師の位置付けが、主治医の“下請け”のような時代もありましたが、同院には現在、医師と歯科医師がそれぞれの分野の専門家として対等に接する雰囲気があり、それが新たなアイデアを生み出す活力だと百合草さんは言います。
「(歯科医師の)レジデントは全国から集まります。“静がん”のやり方をどんどん広めてほしい」と百合草さん。これまでに積み上げた医科歯科連携のノウハウを日本中に広め、やがてはスタンダードにするのが目標です。

医科×歯科タッグを院内から地域へ

静岡がんセンターは、2002年の開院当初からがん治療における口腔ケアの重要性に着目し、今では医科歯科連携の草分け的な存在として知られています。ただ、ここまでの道のりは平たんではありませんでした。
開院当初、医科歯科連携の旗振り役となったのが歯科口腔外科の初代部長、故・大田洋二郎さんです。東京・築地の国立がんセンター中央病院(現在の国立がん研究センター中央病院)から赴任すると、大田さんはそれまでの経験をふまえ、「院内での口腔ケア体制の構築」「地域の歯科医師との連携推進」の2つを目標に掲げました。

近年、医療技術の急速な進歩にともなって、「がんは早期に治療を始めれば治せる病気」という認識が広がってきています。しかし、歯科との連携にスポットが当たる機会は多くなく、延命を優先するあまり口腔ケアは後回しにされがちでした。それが病気の快復をかえって妨げていると大田さんは訴え、実績を積み上げながら連携のシステムを院内につくり上げました。
また、がん患者さんの受け入れに歯科医師たちが及び腰になる理由として「歯科治療が患者さんのからだに悪影響を及ぼしかねない」という不安を感じ、医科との連携に必要なノウハウを伝え、根気よく協力を訴えました。

百合草さんがレジデントとして静岡がんセンターに勤務し始めたのは06年のこと。大田さんが地域の歯科医師らにセンターとの連携を呼び掛けていた時期でした。
「かばん持ちとして大田先生の姿をずっと見ていた」と百合草さん。大田さんらは地域の歯科医師らの集会にも積極的に足を運び、地域に少しずつ理解を広げました。

がん周術期の口腔ケアに報酬加算

こうしたなかで、医科歯科連携が全国の関係者の注目を集めるきっかけになったのが12年の診療報酬改定です。医療従事者の業務負担を和らげるため、このときの報酬改定ではチーム医療の推進が重点課題に位置付けられ、国は、医科と歯科の医療機関が連携して周術期に実施する口腔ケアを新たに評価しました。
さらに、同じ年にスタートした2期目のがん対策推進基本計画に「医科歯科連携による口腔ケアの推進」が書き込まれ、医科との連携を進めようという機運が歯科医師の間に一気に高まりました。
大田さんが中心になって築き上げた“静がん”による院内外との連携システムが、国の制度に取り入れられたと百合草さんは受け止めています。

次のブレークスルーのカギは「意識改革」

また、12年に全国で始まった「がん診療医科歯科連携事業」では、昨年末時点で、国内の歯科診療所の歯科医師ら約1万2000人が規定の講習を受講済みです。全国に約6万8800(昨年1月末現在)ある歯科診療所の2割ほどが医科との連携体制を整えていることになり、医科歯科連携の大切さはがん治療のなかで今やスタンダードになりつつあります。
しかし、13年に急逝した大田さんの遺志を継ぐ百合草さんは、なおも今後の展開を見据えます。

「次のブレークスルーの大きなカギの一つ」と百合草さんがみるのが、医師たちの意識改革です。「歯科医師に患者さんの受け入れを断られることが続き、医師たちが『患者さんをどこに送ればいいか分からない』と言うこともありましたが、今では歯科医師たちの受け入れ態勢が整いつつある。医師には、それに気付き、歯科の取り組みを理解してもらう必要があります」。

百合草さんがいつも大切にしているのは院内外のパートナーとコミュニケーションを取ること。医科歯科連携をさらに進めるため、双方をどれだけ「見える化」できるか――。百合草さんと“静がん”の挑戦は続きます。

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