医学書著者インタビュー『ヒラメキ!診断推論』

〔Vol.10〕医学書著者インタビュー 『ヒラメキ!診断推論』 野口 善令  診断推論の考え方を日本に導入したドクター

今回紹介する書籍は『ヒラメキ!診断推論』です。

本書の編者は、日本では馴染みがなかった『診断推論』を日本に導入した国内第一人者、名古屋第二赤十字病院の副院長、野口善令(のぐち よしのり)先生です。

総合診療・総合内科という分野で活躍する野口先生は、今回紹介する「ヒラメキ!診断推論」をはじめ数多くの著書があります。

今回の出版に至るまでの経緯や、後期研修医、中堅以上のベテラン医師にこそ読んで欲しいという思いなどを伺ってみました。

先生の経歴と出版までの経緯をお聞かせください。

卒後、大学でストレート研修を受けて、内科医として市中病院に勤務していました。その後、総合診療・総合内科を学ぶためにアメリカへ渡り、帰国してからは、診断の思考プロセスを言語化した診断推論のスキルを広めることに努力してきました。

今では、研修医や若い医師の間で「診断推論」はすっかり馴染みの深い言葉になりましたが、現在、臨床現場で活躍している中堅以上の世代は、この診断推論の教育を受けていません。本書は、そういった医師が苦手と感じる症候に対して、自信をもって対応できるトレーニングになればという思いから出版することになりました。

中堅以上のベテラン医師が苦手と感じるのはどんな場面ですか?

私自身の経験でもありますが、研修制度が変わる前のストレート研修を受けた世代の医師は、実際に臨床現場に出ると、それまでに経験しなかった専門外の領域の症例に出会い、戸惑うことも少なくありません。数多くの患者さんを診てきた医師は、積み重ねた経験値によって日常の診療をなんとか無難にこなしていますが、臓器部位がはっきりしない患者さんの訴え(症候)には、苦手と感じることがあると思います。

2008年に出版した「誰も教えてくれなかった診断学」では、診断の思考プロセスを、患者さんの言葉→主訴・症状→診断仮説→情報による吟味→確定診断、または除外診断の流れで言語化して解説しています。今回の「ヒラメキ!診断推論」は、医学用語に翻訳される前の患者さんの生の言葉を見出しに用いて、臨床現場で活用できるように工夫した、いわば各論にあたります。

「総合内科」とは、どのような科なのでしょうか。

日本の医療は専門性を求めて分化してきた結果、内科が、消化器内科や循環器内科など専門臓器によって細分化されています。しかし、行きすぎた細分化の弊害として、医療の断片化が患者さんに不利益を及ぼすようになってしまいました。たとえば、一昔前であれば、何の病気かわからないときは、とりあえず「内科」を受診すればよかったのですが、現在の大病院では「何科を受診したら良いかわからない」、あるいは○○内科を受診したが、うちの担当の病気ではないといわれ、次々に他の△△内科へ回され…という患者さんにとってわかりにくく困った状況におちいることはよく見られます。

「総合診療・総合内科」は、そういった専門分化へのアンチテーゼとして、もっと幅広く総合的な視点から“患者全体を診よう”という対抗策なのです。

本文中には眼科や整形外科のような記述もありますね?

例えば、目の異常を感じる患者さんが眼科を、筋肉や骨の不調なら整形外科を受診すれば正解ということもありますが、中には何科を受診したらよいかわからず、受診の入り口として従来通り内科に相談される方もいます。

また、特定の臓器由来に見える症状が他の臓器や全身性の要因で引き起こされていることもありますから、たとえ専門外の分野であっても、患者さんを臓器別ではなく全体として診てある程度の見当は付けられないといけないというのが「総合診療・総合内科」に求められる役割です。その役割に応えられるようにという意図で項目に加えてあります。

どんな方に読んで貰いたいですか?

開業医や診療所の先生、初診担当の勤務医、後期研修医など、一般的な初診患者や外来患者に直接対応する医師にぜひ手にして欲しいと思っています。

本書の各項目は、医学的な臓器別・部位別ではなく、「身体がだるい」「週に数回熱が出る」「体のあちこちが痛い」など、医学用語に翻訳する前の“患者さんの生の言葉”でまとめてあります。原因がはっきりしない非特異的な症候に対して、自分の苦手分野だからといって対応しないわけには行きませんし、この病気は絶対に見逃してはいけないという『don't miss』の視点は必須です。

本書では、症候を出発点にして、外来診療でありふれた『common』と、見逃してしまえば大きなリスクを伴う『don't miss』の2つの視点を軸にして、幅広い分野の疾患が想起できるようにもわかりやすく解説しました。

中でも注目してもらいたい項目などがあれば、教えてください。

例えば、「疲れやすくて、だるいんです」という項目があります。外来患者からはよく聞く訴えですが、だるさや倦怠感は今まで医学的には積極的に扱われてこなかった症候です。また、「だるい」という言葉には方言や感覚的な違いもあることから、直感的な診断が難しいと感じる医師も多いでしょう。「とにかく体のあちこちが痛いんです」も同様ですね。

実際に外来患者に接するようになれば、このような医学教育の中で教えられなかった非特異的な症候への対応が不可欠で、実際、自分自身が若い頃、どのようにアプローチしたら良いか迷う部分でもありました。

本書をまとめるに当たって、苦労・工夫した点はどんな所ですか?

ある程度、卒後年次の高い臨床経験のある臨床医も読者に想定して、苦手な症候に対してこれを押さえれば一安心の鑑別診断の考え方を学べるように工夫しました。いきなり鑑別診断のリストから考えるのではなく、まず何かひらめくものがないか直感的な診断をためしてみる。症候によっては、非特異的すぎるか、苦手な分野のためで直感的に診断できないものもあるかもしれません。その場合には、患者さんへのアプローチ方法、考えられる疾患を多方面から判断する材料、見逃してはいけない『don’t miss』疾患をチャート形式でまとめることで、苦手分野の診断トレーニングに役立てられるように構成してあります。
由来する臓器がわかりにくい訴えや、目や足腰の不調といった内科医にとって対応が苦手な症候を集め、それぞれの項目ごとにスタイルを統一して、必要な情報をすぐに引き出せるように工夫しました。

最後に、この記事を読んだ方へメッセージをお願いします。

多くの臨床経験を積んだ医師になると、患者さんを診た時に、ある程度の診断は直感的にわかるようになります。それが今回「ヒラメキ!」という言葉で表した直感的な診断です。対して「診断推論」とは、直感的に判断がつかない部分を分析的に考えましょうということです。

ヒラメキと診断推論は、お互いに補いあう関係であり、対立するものではありません。診断推論により分析的に考えて到達した納得出来る根拠を持った診断は『ひらめく』力を鍛え、鋭いヒラメキは効率的な診断推論を可能にします。日々の臨床における診断のなかで直感と推論を組み合わせた診断推論の枠組みを意識することで診断能力を高めることが期待できます。また、don't miss疾患に注意を向けることで「何か大事なものを見逃しているのではないか」という不安が減り、よくわからない症例へのアプローチが楽になります。

この本は、今現在現場で患者さんに対応している臨床医に活用して欲しいと思っています。断推論は、速効性のあるファーストエイド的な知識ではないかもしれませんが、診療のなかで意識してくり返し利用することにより診断に一本背骨が通るようになります。本書が診断能力のレベルアップを図りたいという医師の手助けになればと思います。

取材対象者:野口 善令先生
取材場所:名古屋第二赤十字病院
取材日時:2017年2月15日

紹介書籍:ヒラメキ!診断推論
編者:野口善令

発行所:南江堂
発行日:2016年4月

編者プロフィール野口 善令(のぐち よしのり)
名古屋第二赤十字病院 副院長 兼 総合内科部長
1982年に名古屋市立大学医学部を卒業し、名古屋市立大学第三内科研修医となる。その後、SLセントラル病院、名古屋市立大学第三内科研究医、社会保険浜松病院、国立浜松病院などを経て、1993年に渡米しニューヨークのBeth Israel Medical Centerで内科研修後、Tufts-New England Medical Centerで臨床決断分析、ハーバード公衆衛生大学院で臨床疫学・EBMを学ぶ。1997年に帰国、京都大学総合診療部、藤田保健衛生大学一般内科を経て2006年より名古屋第二赤十字病院。2014年より現職。

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