医学書著者インタビュー『がん診療に携わる人のための 静がん感染症治療戦略』

〔Vol.09〕医学書著者インタビュー 『がん診療に携わる人のための 静がん感染症治療戦略』 伊東 直哉 がん専門病院で問診と身体診察を大切にするドクター

今回紹介する書籍は『がん診療に携わる人のための 静がん感染症治療戦略』です。

本書の編著者は、静岡県立静岡がんセンターの伊東直哉(いとう なおや)さん。総合内科や離島診療の経験を活かし、感染症内科にて多くのコンサルテーションを行っています。

本書を刊行するに至った経緯や狙い、がん患者と感染症の関係性について伺いました。

本書はがん治療における感染症を取り上げた専門的な内容にかかわらず、表紙のイラストがポップですね。

表紙にはかなりこだわりがあります。イラストを描いてくださったのは「カスヤナガト」さんで、『神様のカルテ』(夏川草介著・小学館)などの表紙も担当されている方です。僕はこのイラストが大好きで、自分が本を出す時には絶対にお願いしようと思っていました。そこで本書の装丁を決める時に、ダメもとで依頼してみたら意外とすんなりと(笑)。

自分が好きだったという理由もありますが、こういうイラストを採用したことには、もうひとつの狙いがあります。僕はいま、医師として10年目になりますが、同じ年代の、若手から中堅にあたる先生方に、多く手に取ってもらいたいという理由もあったのです。

想定した読者ターゲットは、同じ年代の中級者向けということですね?

そうです。感染症を取り扱った書籍はたくさんあり、なかでも若い研修医が勉強するのに役立つ基礎的な内容の書籍はすごく充実していました。そこで本書は、基礎的な内容については他書に譲って、基礎は理解しているということを前提とした、少し特殊ながん患者の感染症に関する情報を集めたものにしたのです。

採用した疾患や症状は医学の教科書に載っているものが多いのですが、がん患者の場合は、教科書的なマニュアルでは解決できない部分が特に多いのが特徴です。そのため、マニュアルで答えがでないようなところを、僕たちが文献で可能な限り調べて、医学的なエビデンスに則ったうえで、静岡がんセンターの経験と知見を加えた内容となっています。

本書を発刊したきっかけを教えてください。

感染症内科は、コンサルテーション業務がメインです。静岡がんセンターにはいろんな科があり、各科から毎日、がん患者の感染症に関する相談を受け付けています。そして担当した症例に関して調べたことや対応した内容を、少なくとも1日に1回は科内のメーリングリストを使って共有しています。

「日報」と呼んでいるこのメール内容は、僕がこの科に来てからもどんどん蓄積されていましたし、科の創設から考えれば膨大な量の情報が詰まっていました。「これは自分たちが持っているだけではもったいない!」という思いが募っていったのです。

いま全国には多くのがん患者がいて、がんを治療するたくさんの医師がいます。特に感染症についてはあまり情報がないと感じていましたから、この静岡がんセンター感染症内科にある情報を全国に向けて発信したいと考えたのが、発刊のきっかけです。

発刊したいと考えてから出版まで、苦労されたのはどんなことでしたか?

僕が静岡がんセンターに来てからまだ1年と少ししか経っていない時期だったこともあり、出版は難しいと思われましたが、周りの方々のご協力があって、意外とすんなりと出すことができました。

出版に関しては、僕が以前在籍していた市立堺病院の先輩で、現在は獨協医科大学病院の総合診療科診療部長をされている志水太郎(しみず たろう)先生に相談して、日本医事新報社の担当の方を紹介していただきました。そして企画を提出したところ、類書がなかったこともあってトントン拍子で制作が決まったのです。

当科の倉井華子(くらい はなこ)部長には情報発信の活動についてご理解をいただき、共編著者として原稿確認など全面的なサポートをしていただきました。原稿作成や出版にあたっては、周囲の方々に多大なご協力をいただき、非常に感謝しています。

「静がん治療戦略」と題した各論の記事は、静岡がんセンターに関係する医師の方々が執筆されていますね?

疾患や症状別で、22の症例を取り上げた各論は、記事原稿作成を進めた昨年の時点で、当センターで活躍されていた現役のメンバーを中心に執筆していただきました。

これは、「日報」に取り上げられているような症例に対して、現場の経験や実際に携わったこと、新しい治療の流れが本書に反映されることを狙いとしたものです。各論の症状には、当センターにおいてコンサルテーション件数が多いものを特に重点的に選びました。

各論の構成ですが、最初に「現場からのクリニカルクエスチョン」で始まって、「症例」「この症例をどう考えるか」「診断と経過」と続きます、どのような考えでこういう形にしたのですか?

なるべく現場のリアルな感じを出そうと考えました。そこで、実際に僕たちはどうやって各科からの相談を受けているのかを最初に記しています。

例えば「院内肺炎」ならば、「院内肺炎の定義は何ですか?」「治療薬には何を使えばよいですか?」「治療期間はどのくらいですか?」というように、実際に現場で受ける質問をクリニカルクエスチョンとして抽出しています。

がん患者特有の感染症というものがあるのですか?

はい、がんセンター以外の病院の先生たちには馴染みのないと思われる感染症が多くあります。例えば、婦人科のがん手術の後に多い「リンパ嚢胞(のうほう)感染」、脳神経外科の術後に多い「術後髄膜炎」などは特殊性が高いと思われます。

また本書では、「Tissue Expander(TE)感染症」など比較的新しい症状も取り上げています。TEとは、乳がんによる乳房全摘後、乳房インプラントを挿入する前に皮膚や皮下組織を引き伸ばすために用いられるシリコン製の水風船のようなものです。しかし、2013年にラウンド型が保険適用となり、近年TEと乳房インプラントによる再建数が急速に増加していることで増えてきた感染症です。

一般的な手術後の感染症と、がんの手術後の感染症では、どのような違いがあるのですか?

がんの治療には、手術と並行して抗がん剤治療も行います。抗がん剤はがん細胞を攻撃するものですが、患者自身の免疫も落としてしまいます。そのため、一般的な外科手術後には人に病原性を示さないような菌やウイルスでも、がんの手術後には感染症の原因となってしまうことがあります。

各論の間に、「椎体炎」などの疾患、また「思い出の症例」などと題したコラムが挟まれています。この狙いはどういうものですか?

このコラムは、静岡がんセンターOBの先生方を中心に書いていただきました。ベテランの医師として、経験や治療に対する想いなどを綴ってもらったものです。個人的に蓄積されている先輩方の経験を、本書の発刊を機にまとめておきたいと考えてコラム執筆をお願いしました。

本書を刊行されて、反響はいかがですか?

出版前には、自分の友達くらいにしか買ってもらえないのではないかと不安でした(笑)。ですが出版社の方から、発刊後2か月で増刷が決まったと連絡を受けて、ひと安心です。

最後に、この記事を見た方に、編著者としてメッセージをお願いします。

がん患者は多く、同様にがん診療にあたる医師も多くいます。今回本書を作った際にあらためて感じたことは、がん患者の感染症は非常に複雑だということです。

感染症内科はまだ日本では少なく、がんセンターにおける感染症内科の経験や治験は、非常に貴重なものだと考えています。少しでも、僕たちの知識と経験が治療に役立てられ、ひいてはがん患者のためになることができれば幸いです。

取材対象者:伊東 直哉 様
取材場所:静岡県立 静岡がんセンター
取材日時:2016年12月28日

紹介書籍:
がん診療に携わる人のための 静がん感染症治療戦略
編著者:伊東 直哉
倉井 華子
発行所:日本医事新報社
発行日:2016年8月31日

編者プロフィール伊東 直哉(いとう なおや)
神奈川県藤沢市生まれ。2007年に東海大学医学部を卒業し、横浜南共済病院、東京医科歯科大学医学部付属病院にて初期臨床研修医となる。2009年に市立堺病院総合内科へ移り、藤本卓司先生(現・北野病院総合診療センター長)に師事。2012年から鹿児島県奄美大島の瀬戸内徳洲会病院で離島医療に従事し、翌年には総合内科部長/副院長へ就任。2015年から静岡県立静岡がんセンター感染症内科、現在に至る。趣味はダイビングで、水中撮影に凝っている。

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