医学書著者インタビュー『医師の感情 「平静の心」がゆれるとき』

〔vol.04〕医学書著者インタビュー 医学生からの診断推論 『医師の感情 「平静の心」がゆれるとき』 堀内 志奈 ~モットーは Better communication, better medicine!~

今回紹介する書籍は『医師の感情 「平静の心」がゆれるとき』です。

著者はダニエル・オーフリ(Danielle Ofri,MD)さん。アメリカの内科医、ニューヨーク大学医学部准教授で、「New York Times」「New England Journal of Medicine」「Lancet」などでの執筆活動のほか、エッセイやノンフィクションを発表し、数々の賞を受賞しています。

本書に出会って翻訳を行ったのは、堀内志奈さん。東京都内の病院に勤務しながら、地道に翻訳を続け、発刊にいたりました。翻訳の専門家ではない堀内さんは、「この本に共感できたからこそ最後まで翻訳ができた」と言います。今回は、医師が本書の翻訳を通して読み取った“平静の心がゆれるとき”とは何かをじっくりと伺ってみました。

本書を翻訳して出版するに至った経緯を教えてください。

2013年に最初の翻訳本を出しました。『決められない患者たち』(※)というタイトルで、今回と同じ医学書院さんから発刊したものです。これが好評を得たということで、次もいかがですかとお話をいただいたのです。

本書を選んだ理由は何だったのですか?

候補は何冊かあったのですが、『医師の感情~』は現役の医師が書いたルポルタージュで、医師の内面を探った内容に共感して選びました。

その内容については後ほどお伺いしますが、医師として診療を行う傍ら、翻訳を始められたきっかけは何だったのですか?

特に翻訳家を目指していたわけではなくて、そのためのトレーニングを受けたわけでもありませんでした。ところが留学中にたまたま本屋さんで見つけた本が面白くて、とにかくこれは素晴らしい本だから紹介しなくては! という使命感を感じて、その熱意と勢いで翻訳を始めた感じです。

出版するあてはあったのですか?

まったくありませんでした(笑)
それでいくつかの出版社にかけあったのですが、他の出版社から翻訳版が出るという話をその時に知ったくらいで……。

それでもあきらめずに次の翻訳を?

そうですね、同じ著者の本を翻訳して、今回お世話になった医学書院さんに持ち込んで出版できることになりました。

すごい情熱ですね!それでは「医師の感情」の内容で、共感できた点はどのようなところですか?

なんと言っても、同じ医師として身につまされるという感じでした。本書は医師が抱くいろんな感情について書かれていますが、非常に印象に残ったのは、自分の失敗談や、追い詰められたときの気持ちなどを、非常に赤裸々に正直に書いてある点です。

医学界に限らずどの世界でも同じかもしれませんが、成功談は簡単に聞けます。でも、こんな失敗をして、こんな辛い思いをしたなどを語る人は少ないんです。でも本書の著者Danielle Ofriさんは、そのような経験や、その時の感情を正直に書いています。ご本人が経験した生々しい感情ですから、「あるある!」「そうそう!」と共感できるんです。

あともうひとつ、「ああ、自分だけじゃなかった」という安心感もありました。私たち医師は、仕事をするうえでいろんなストレスに晒されます。そして、患者さん、同僚、上司などとの関係性で、精神的に辛かったりしても、打ち明けて助けを求めに行く場所がないんです。

近年、一般企業ではメンタルヘルスを重視する傾向がありますが、医師の現場ではそれがない?

本書に登場する心理学者が、打ち明け話ができる場を提供するプログラムを作って大好評を得たというエピソードがありますが、日本にはまったくありません。私たちがいる環境は、自分でストレスコントロールができずに鬱状態になってしまった場合、医師としての能力の欠如または不適合だと捉えられる世界なのです。

医学生ならまだ相談する先があるかもしれませんが、いったん一人前の医師となって働き始めたら、弱みを見せられません。助けを求めようとすること自体、ほとんどないですね。

そうできなくても、実際のところは、先生も助けが欲しいと思われたことがありますか?

はい、もう、いーっぱいあります(笑) 幸いそう大きな間違いは犯さずにこれまでなんとかやってこられましたが、だからといって今後も大丈夫という保証には決してならないと日々感じて臨床をしています。本書には、「毎日が免許証を失うチャンス」という著者の同僚のドクターのジョークが紹介されていましたが、そのような恐れは何年経験を積もうと、医師として働く以上ついてまわるものかとも思います。医療は成功して当たり前、正しくて当たり前の世界で、失敗するということは基本的には想定外なんです。間違っちゃいけない。

でも人間ですから、重さはいろいろあるけれど、間違いはあります。そして間違ったということに対して自分を責める、起こったことに対応しなければいけない、患者さんとのやり取りのストレス、上司からは叱責されると……。

本書がその助けになりますか?

実際には、自分でどうにか折り合いをつけなくてはいけないですし、苦しんでいることを隠して仕事をしなければならないので、追い詰められます。

私が患者さんにもよく話をすることですが、夜中の歯の痛みがあんなに辛いのは、世界中でこの痛みに耐えているのは“自分ひとり”なんだ、という孤独感があるからなんです。

でも本書を読むと、“自分だけじゃなかった”という安心感が得られるのではないでしょうか。

本書を、どういう人に読んでもらいたいですか?

すべての臨床医に言えることですが、例えば間違いを犯すと、それが大きいものであれ小さいものであれ、後悔の念に苦しんで悶々とします。

でもそれはみんな同じで、実はひとりではないということを知ってもらいたいのです。それが本書の最大の目的で、存在理由でもあると思っています。

ですから、臨床医でも特に、学習過程にある若い先生たちに読んでもらいたいですね。素人からプロとなって働き始めたばかりでも、1日目から、患者さんから見たら“先生”なんです。

そういうふうに取り繕わなければいけないストレスがかかってきます。また当直が続いたりして睡眠時間も少なくなり、肉体的なストレスも襲ってきます。そして毎日学んでいかなくてはいけない……。医師として働き始めが辛いのは間違いないのです。

でもそれは決して自分の能力が劣っているからではない、ということを分かってもらえたらいいと思っています。

実際に本書を読んだ反響は聞かれましたか?

まだ出して数カ月ですが結構いただいていて、「この本で救われました」「人知れず悩んでいたので読んでよかった」というレビューをもらうこともあって、非常に嬉しく思っています。

最後に、本書を通した先生のメッセージをお願いします。

本書の中で非常に印象に残ったのが、間違って注射をしてしまい、医療過誤を起こした先生の話です。これは、誰にでもいつでも起こり得ることなんです。いくら建て前として、医師は間違いを犯さずに医療行為を行うものだと言っても、現実問題としてはそんなことはありえません。

間違いは起こります。問題は間違いが起こったときにいかにダメージを小さくするか、そしてなにをそこから学び、乗り越えていくか、です。たとえ間違ってつまづいても、そこで命を絶つなんていうところまで追い詰められないでいて欲しい、ということが伝わると良いですね。


(※)『決められない患者たち』(原題:Your Medical Mind How decide what is right for you~、著者:Jerome Groopman & Pamela Hartzband 出版社:医学書院)

取材対象者:堀内 志奈 様
取材場所:トウキョウ メディカル エンド サージカル クリニック
取材日時:2016年9月28日

紹介書籍:
『医師の感情 「平静の心」がゆれるとき』
原題:『What Doctors Feel How emotions affect the practice of medicine』
著者:Danielle Ofri,MD
翻訳:堀内 志奈
発行者:株式会社 医学書院
発行日:2016年6月1日第1版第1刷

著者プロフィール堀内 志奈(ほりうち しな)医師(消化器内科)、医学博士
医師(消化器内科)、医学博士。東京生まれ、札幌育ち。札幌医科大学卒。Bunrham Institute for Medical Research (現Sanford Burnham Prebys Medical Discovery Institute, 米国サンディエゴ)留学後、「決められない患者たち」、「医師の感情」(いずれも医学書院刊)を翻訳出版。現在都内の外国人向けクリニックに勤務。趣味は読書、旅行。カバンに本が入ってないと落ち着かない。

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